コーチング心理学とエグゼクティブ・ビジネスコーチングの効果 資格取得の参考資料
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エグゼクティブコーチングの成果とは?
コーチング心理学とエグゼクティブコーチング、ビジネスコーチングの効果
Athanasopoulou & Dopson (2018)の論文に基づくエビデンスレポート

1. エグゼクティブコーチングの主なポジティブ成果
この研究では、エグゼクティブコーチングの70種類以上のポジティブな成果を11の広範なカテゴリーに分類しています。
以下はTable 2(p.74-75)に基づく主要なポジティブ成果の要約です。
| カテゴリー | 主なポジティブ成果の例 |
|---|---|
| 1. 個人の発達 (Personal Development) |
|
| 2. 他者との関係における行動変容 (Behavioural Changes in Relation to Others) |
|
| 3. クライエントと仕事の関係 (The Coachee & His/Her Work) |
|
| 4. 組織への影響 (The Organization) |
|
| 5. コーチへの影響 (The Coach) |
|
(出典:Table 2, p.74-75)
2. コーチングの限界と課題
本研究では、84の研究中16研究においてエグゼクティブコーチングの完全に肯定的ではない成果(限界や課題)も報告されています。これらは8種類のピットフォール(落とし穴)に分類できます。
| ピットフォール(限界・課題) | 詳細 |
|---|---|
| 1. 不適切なゴール設定 | 不明確またはステークホルダー間で合意されていない目標設定は、コーチングの効果を低減させる。場合によっては業績低下につながる場合も。 |
| 2. コーチ・クライエント間の不一致 | パーソナリティ、スタイル、期待値などの不一致は、コーチングプロセスの効果を著しく損なう。 |
| 3. フィードバックへの抵抗 | クライエントが360度評価などのフィードバックに抵抗感を示すと、効果的な変化が妨げられる。 |
| 4. 組織的サポートの欠如 | 組織がコーチングをサポートしない環境では、クライエントの変化が持続せず、組織的影響も限定的になる。 |
| 5. 変化への抵抗 | クライエントの変化への抵抗や準備不足は、コーチングの効果を抑制する重要な要因となる。 |
| 6. 時間的制約 | 十分な時間が確保できない場合、効果的なコーチングプロセスの展開や深い変容が難しい。 |
| 7. コーチの欠点 | コーチのスキル不足、経験不足、または組織理解の欠如は効果的なコーチングを妨げる。 |
| 8. 一貫性のない効果 | コーチングの効果は領域ごとに異なり、すべての側面で均一に向上するとは限らない。場合によっては特定の領域でのみ効果が見られる。 |
(出典:Table 2の最右列, p.75)
研究上の重要な示唆
これらの限界と課題は、エグゼクティブコーチングが「誰に」「どのような文脈で」「どのような方法を用いるべきか」という個別最適化の重要性を示唆しています。単純に「コーチングは効果がある」と一般化するのではなく、文脈や関係性、個別要因を考慮した設計と実施が求められます。
3. コーチングの成功に影響する文脈要因
本研究では、コーチングの効果に影響を与える主要な文脈要因を5つのカテゴリーに分類しています。これらの要因はコーチングの成果を大きく左右します。
| 文脈要因カテゴリー | 主な要因 | 実践への示唆 |
|---|---|---|
| 1. コーチング介入自体 (The Intervention) |
|
コーチングモデルや方法論は柔軟に選択し、クライエントと組織のニーズに合わせて調整する。クリティカルな気づきの瞬間を促進する対話設計を意識する。 |
| 2. 組織要因 (The Organisation) |
|
コーチングを孤立した介入ではなく、組織の戦略やリーダーシップ開発施策と連動させる。組織文化を理解し、上層部のサポートを確保する。 |
| 3. クライエント要因 (The Coachee) |
|
クライエントの個人特性、学習スタイル、モチベーションを理解し、アプローチをカスタマイズする。コーチングへの意味づけや期待値を初期段階で確認・調整する。 |
| 4. コーチ要因 (The Coach) |
|
コーチ自身の専門性や経験を活かしつつ、継続的な自己評価と成長を図る。コーチング実践の質を高めるための省察的実践を行う。 |
| 5. ステークホルダー間の関係性 (The Relationship Among Stakeholders) |
|
コーチング開始前に全ステークホルダー間で目標・方法・期待を合意する。コーチ選定ではクライエントとの適合性を重視する。 |
(出典:Table 3, p.76-77および本文p.25-35)
4. 「旅路 vs 目的地」の考察
目的地(アウトカム)の重視
従来のエグゼクティブコーチング研究は「何が」「どの程度」変化したかという「目的地(結果・アウトカム)」に焦点を当て、以下の特徴があります:
- 定量的・測定可能な成果を重視
- ROIや費用対効果の証明を追求
- 効果の有無や強さを検証
- コーチング介入の正当化に注力
- 個人レベルの変化に焦点
「この分野はアウトカムへの執着的な焦点によって、ECの実践とその社会的文脈の重要性を見過ごしてきた」
(出典:p.47-48)
旅路(プロセス)の重視
著者らは「どのように」「なぜ」変化が起こるかという「旅路(プロセス)」の重視を提唱し、以下の特徴を示しています:
- コーチング実践の社会的プロセスを重視
- 文脈要因の影響を深く理解
- 関係性の質と相互作用に注目
- 意味の共創プロセスとしてのEC
- 組織・コーチ・クライエントの協働的変容
「ECを個人ではなく社会的介入として再定義し、組織・コーチ・クライエントが共に社会的文脈の中で新たな意味を創造するプロセスとして捉えるべき」
(出典:p.48)
著者らの主張
「ECは『希望』に投資する人間の本性に根ざしており、たとえ強固なエビデンスがなくても、クライエントや組織はその可能性を信じている。この分野をより発展させるには、EC介入の性質と社会的文脈の影響にもっと注目すべきである。それがより文脈感度の高い実践と、最終的にはより良いアウトカム研究への近道となる。」
(出典:p.48)
現在の理解
エグゼクティブコーチングを単なる「個人変容のための介入」と捉える傾向
提案されるシフト
「組織・コーチ・クライエントが社会的文脈の中で共に新たな意味を創出する社会的プロセス」としての再定義
5. 実践的示唆
本研究は、エグゼクティブコーチの実践者に対して、以下のような具体的な示唆を提供しています。
文脈理解の重視
コーチはクライエントが属する社会的・組織的コンテクストに好奇心を持ち、文化、慣習、構造や権力関係を探り理解する。文脈を深く理解することが、コーチングの成果や持続性を高める鍵となる。
(出典:p.45)
ステークホルダー間の合意形成
コーチング開始前に、コーチ、クライエント、スポンサー(組織)の間で目的・方法・期待値を明確に合意しておく。全関係者のリーダーシップ観や目標を一致させるよう契約・フレーミングを重視する。
(出典:p.46, Table 3)
多面的評価の活用
360度フィードバックやサイコメトリクスの活用は、クライエントのリーダーシップスタイルや強みの把握だけでなく、周囲からの評価変化も捉え、モチベーションや成長実感を高める効果がある。
(出典:p.46)
個別最適化の実践
「誰に」「どのような文脈で」「どのような方法を用いるべきか」を考慮し、クライエントの学習スタイルやモチベーション傾向(例:マスタリーゴール志向)を理解して目標設定や支援内容を調整する。
(出典:p.46, Table 2)
コーチの自己評価と成長
コーチは自身の実践の評価・フィードバックにも積極的に取り組み、介入の効果検証や自己成長を図る。継続的な学習と省察によって実践の質を高める。
(出典:Table 2, p.75)
組織との統合
エグゼクティブコーチングを孤立した介入ではなく、組織のリーダーシップ開発施策や戦略と連動させる。組織文化を理解し、組織的サポートを確保することで持続的な効果が得られる。
(出典:Table 3, p.76)
実践のための統合的アプローチ
著者らは、エグゼクティブコーチングを効果的に実践するためには、個人・関係性・組織の各レベルを考慮した統合的アプローチが重要だと主張しています。「旅路(プロセス)」と「目的地(成果)」の両方に注意を払い、文脈に敏感かつ適応力の高いコーチング実践が推奨されています。
「我々は、実践者がこれらの研究知見を活用して、より良いコーチング研究と実践をデザインすることを強く推奨する。」
(出典:p.48)
6. 結論
本研究は、エグゼクティブコーチングのアウトカム研究の系統的レビューを通じて、以下の主要な結論を導いています。
主要な貢献
- EC研究の質的評価:
エグゼクティブコーチング研究の質と方法論的厳密性を評価し、改善のための提案を行った。
- 「目的地」から「旅路」への視点転換:
EC研究における「結果(目的地)」偏重への批判を展開し、「プロセス(旅路)」と社会的文脈の理解の重要性を提唱した。
- ECの社会的介入としての再定義:
ECを個人的介入ではなく、「組織・コーチ・クライエントが共に社会的文脈の中で新たな意味を生み出す社会的介入」として再フレーミングした。
- 未来の研究と実践アジェンダの提案:
新たな概念フレームワークに基づいた、より文脈感度の高い研究と実践のためのアジェンダを提示した。
(出典:p.47-48)
「ECは確固たるエビデンスがなくても消えることはないだろう。それは『成果』より『希望』に投資する人間の本性によるものだ。クライエントや組織も同様である。この分野の注目をEC介入の性質と社会的文脈の影響により向けることで、より文脈に敏感で情報に基づいた介入が可能となり、最終的には、より良いアウトカム研究への近道となる。」
(出典:p.48)
未来への展望
著者らは、エグゼクティブコーチングの研究と実践が「プロセス」と「文脈」に重点を置いた新しいパラダイムへと転換することを提唱しています。この転換により、コーチング介入の有効性と持続可能性が向上し、より良いエビデンスの構築につながると結論づけています。エグゼクティブコーチングは、単なる個人の変容ではなく、社会的・組織的文脈における意味の共創プロセスとして捉え直すことが、この分野の発展に不可欠だとしています。
参考文献
Athanasopoulou, A., & Dopson, S. (2018). A systematic review of executive coaching outcomes: Is it the journey or the destination that matters the most? The Leadership Quarterly, 29(1), 70-88.
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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