ナラティヴファシリテーションの基本と実践
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ナラティヴ・ファシリテーションは、対話や問題解決の場において、
参加者の「語り(ナラティヴ)」を引き出し、それを通じて理解や変化を促進するアプローチです。
主な特徴
物語を重視する姿勢 人々が持つ経験や認識を、単なる事実や情報ではなく、その人なりの「物語」として捉えます。一人ひとりの語りには独自の意味や文脈があると考えます。
対話を通じた探求 ファシリテーターは答えを教えるのではなく、質問や傾聴を通じて参加者自身が自分の物語を語り、新たな意味を発見できるよう支援します。
多様な視点の共存 異なる立場や背景を持つ人々の物語が交わることで、新しい理解や解決策が生まれると考えます。一つの「正しい」物語ではなく、複数の物語の共存を大切にします。
活用される場面
- 組織での対話や合意形成
- コミュニティでの課題解決
- 医療や福祉の現場でのケア
- 教育やワークショップ
- 紛争解決や調停
ナラティヴ・セラピー(物語療法)やナラティヴ・アプローチの考え方を、グループファシリテーションに応用したものと言えます。参加者の主体性を尊重しながら、対話を通じた変容を目指す実践です。
。
1. 問いかけの技法
オープンクエスチョン
- 「そのとき、何を感じましたか?」
- 「その経験は、あなたにとってどんな意味がありますか?」
- Yes/Noで答えられない質問で、語りを豊かにします
例外を探る質問
- 「うまくいった時のことを教えてください」
- 「問題が起きなかった時は、何が違いましたか?」
- 問題一色ではない側面に光を当てます
未来志向の質問
- 「もし問題が解決したら、何が変わっていますか?」
- 「理想の状態では、どんなことが起きていますか?」
2. 傾聴のスキル
リフレクティング(反映) 参加者の語りを言い換えて返すことで、理解を深めます
- 「つまり、〇〇ということですね」
- 「△△という体験だったのですね」
沈黙を大切にする すぐに次の質問に移らず、考える時間を提供します
非言語コミュニケーション うなずき、アイコンタクト、姿勢で聴いていることを示します
3. 場づくりの工夫
安全な空間の創出
- 守秘義務の確認
- 評価・批判しない約束
- 話したくないことは話さなくてよいルール
円形の座り方 参加者が対等な立場で顔を見合わせられる配置
小グループでの対話 2〜4人程度の少人数で語りやすい環境をつくる
4. 具体的な手法
ストーリーテリング・サークル
- テーマを提示(例:「転機となった出来事」)
- 一人ずつ順番に語る(時間制限あり)
- 他の人は途中で質問せず最後まで聴く
- 全員の語りが終わったら対話
リフレクティング・チーム
- 数名が対話する様子を他の参加者が観察
- 観察者が感想や気づきを共有
- 対話者がそれを聴いて応答
- 役割を交代
タイムライン作成
- 個人やグループの歴史を時系列で可視化
- 重要な出来事に物語を添える
- パターンやつながりを発見
メタファー(比喩)の活用
- 「今の状況を天気に例えると?」
- 「この組織を動物に例えると?」
- 抽象的な経験を表現しやすくします
5. 進行の流れ
導入(10-15分)
- チェックイン:今の気持ちを一言ずつ
- 目的とルールの共有
語りの展開(40-60分)
- 個人の語り→ペアでの共有→全体での対話
- 複数の視点を重ねていく
統合とリフレクション(20-30分)
- 「今日の対話で気づいたことは?」
- 「持ち帰りたいことは?」
- 学びや発見を言語化
クロージング
- 一人一言で終わる
- 感謝の表現
6. ファシリテーターの姿勢
無知の姿勢(Not-Knowing) 専門家として教えるのではなく、参加者から学ぶ態度
好奇心を持つ 「もっと聞かせてください」という探究的な関心
中立性を保つ 特定の価値観や解決策を押し付けない
プロセスを信頼する すぐに結論を求めず、対話の展開を見守る
7. 注意点
- 時間配分を意識(一部の人が話しすぎない)
- 感情が高ぶった時のケア
- 対立が生じた時の調整
- 参加者のペースを尊重
これらの技法を組み合わせながら、その場の参加者や目的に応じて柔軟に実践することが大切です。
ビジネスや会議でのナラティヴ・ファシリテーションの実践法をご紹介
1. 会議での具体的な活用場面
戦略立案会議
- 過去の成功/失敗の物語を共有
- 「なぜその判断をしたのか」という文脈を理解
- 組織の物語から未来のビジョンを構築
チームビルディング
- メンバーの背景やキャリアの物語を知る
- 価値観の違いを対立ではなく多様性として捉える
- 信頼関係の構築
問題解決会議
- 問題の背景にある物語を探る
- 問題を外在化:異なる部署の視点を物語として共有
- 「blame(非難)」ではなく「understanding(理解)」へ
変革・イノベーション
- 既存の組織物語を問い直す
- 新しい物語の可能性を探索
- 抵抗の背後にある物語を理解
2. ビジネス会議での実践テクニック
A. オープニング(5-10分)
チェックイン質問の例
- 「今日この会議に期待していることは?」
- 「最近の仕事で印象に残ったエピソードは?」
- 「今のプロジェクトの状態を天気に例えると?」
目的:参加者を「データモード」から「物語モード」へ切り替える
B. 本題での問いかけ
事実だけでなく意味を問う ❌ 「売上は何%下がりましたか?」 ⭕ 「売上低下について、現場ではどんな声が聞かれますか?」 ⭕ 「お客様はどんな物語を語っていますか?」
複数の視点を引き出す
- 「営業の立場からは、どう見えていますか?」
- 「製造現場では、どんなストーリーがありますか?」
- 「お客様の目線では、どう映っているでしょう?」
例外に注目する
- 「うまくいったケースでは、何が違いましたか?」
- 「この問題が起きていない部署もありますが、何をしていますか?」
C. 対話を深める技法
ストーリーリスニング データや数字の報告だけでなく:
- 「具体的なエピソードを聞かせてください」
- 「そのとき、関係者はどう感じていましたか?」
- 「そこから何を学びましたか?」
パターンを見出す 複数の物語から共通点を探る:
- 「今までの話を聞いて、どんなパターンが見えますか?」
- 「繰り返し出てくるテーマは何でしょう?」
3. 会議形式別の応用
定例会議(30-60分)
構成例:
- チェックイン(各自30秒)
- 今週の「小さな成功物語」共有(10分)
- 課題の背景にある物語の共有(15分)
- 対話と意思決定(20分)
- チェックアウト:学びと次のアクション
ブレインストーミング
ナラティヴ・アプローチ:
- 「もし成功したら、どんなストーリーが語られますか?」(未来の物語)
- 「競合他社の顧客は、どんな物語を生きていますか?」(顧客ナラティヴ)
- 「10年後の新聞記事で、私たちの成功はどう書かれますか?」(バックキャスティング)
1on1ミーティング
部下の成長を促す質問:
- 「最近、自分の成長を感じた瞬間は?」
- 「その経験は、あなたのキャリアの物語でどんな意味がありますか?」
- 「理想の1年後、どんな自分になっていたいですか?」
プロジェクト振り返り
KPT法にナラティヴを組み込む:
- Keep: 「続けたい行動の背景にあるエピソードは?」
- Problem: 「問題が起きたとき、何が起きていましたか?(物語として)」
- Try: 「次はどんな物語を創りたいですか?」
4. ビジネス特有の障壁への対処
「時間がない」への対応
短時間でもできる工夫:
- 会議の最初の3分だけチェックイン
- 報告の最後に「一言エピソード」を追加
- 週1回15分の「物語共有タイム」
「数字・データ重視」の文化
統合アプローチ:
- データ + そのデータが生まれた背景の物語
- 「数字の98%達成」の裏にある現場の努力の物語
- 定量と定性の両方を価値づける
「結論を急ぐ」圧力
プロセスの価値を示す:
- 「対話に10分使うことで、実行段階での抵抗が減ります」
- 「複数の視点を聞くことで、より強固な決定になります」
- 小さな成功事例を積み重ねる
5. 実践例:プロジェクト開始会議
従来型(30分)
1. プロジェクト目標の説明
2. スケジュールの確認
3. 役割分担の決定
4. 質疑応答
```
**ナラティヴ・アプローチ(45分)**
```
1. チェックイン(5分)
「このプロジェクトへの期待を一言で」
2. 成功の物語の共有(10分)
「過去の類似プロジェクトで、
うまくいった時のエピソードは?」
3. 懸念の物語(10分)
「心配していることは?
その背景にある経験は?」
4. 未来の物語を描く(10分)
「このプロジェクトが成功したら、
メンバーはどんな物語を語っていますか?」
5. アクションプラン(7分)
対話から生まれた洞察を行動に
6. チェックアウト(3分)
「今日の気づきは?」
6. 効果測定とROI
定性的な効果:
- メンバーの心理的安全性の向上
- アイデアの質と多様性の増加
- 当事者意識の高まり
- チーム内の信頼関係の強化
定量的な指標:
- 会議後のアクション実行率
- プロジェクトの期限内完了率
- 離職率の変化
- エンゲージメントスコア
7. ファシリテーターの役割(ビジネス版)
バランスを取る:
- 効率性 ⟷ 深い対話
- 結論 ⟷ プロセス
- 論理 ⟷ 感情
橋渡し役:
- 異なる部署の「言語」を翻訳
- 階層を超えた対話の促進
- 暗黙知を形式知に
8. よくある失敗と対策
❌ 「物語共有」が長くなりすぎる ⭕ タイムキーパーを置く、各自2-3分と明示
❌ 「感情的すぎる」と抵抗される ⭕ 「経験の共有」「文脈の理解」という言葉を使う
❌ 結論が出ない ⭕ 対話パート→意思決定パートを明確に分ける
❌ 一部の人だけが話す ⭕ ペアやグループでの共有を先に行う
9. 導入のステップ
Phase 1: 小さく始める(1-2ヶ月)
- 自分が進行する会議で1つの技法を試す
- チェックインだけ導入
Phase 2: 共感者を増やす(3-6ヶ月)
- 効果を共有する
- 興味を持った人に教える
Phase 3: 組織文化へ(6ヶ月-)
- 経営層の理解を得る
- 社内研修として展開
- 会議のスタンダードにする
ナラティヴ・ファシリテーションは、ビジネスの「効率」を損なうのではなく、より深い理解と強いコミットメントによって、結果的に実行の質を高めるアプローチです。データと物語、論理と感情のバランスが、現代のビジネスには不可欠です。
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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