ICAP2026(第31回国際応用心理学会議)参加報告1 イタリア フィレンツェ
ICAP2026(第31回国際応用心理学会議)参加報告 ①

はじめに
2026年7月21日から25日にかけて、イタリア・フィレンツェで開催された第31回国際応用心理学会議(International Congress of Applied Psychology:ICAP2026)に参加いたしました。コーチング心理学やポジティブ心理学も応用心理学の一つとなっています。
本大会には、世界各国から2,500名を超える研究者、実務家、大学院生が集まり、応用心理学に関する最新の研究成果や実践について活発な議論が行われました。大会全体を通して、AIの急速な発展や社会の変化を背景に、これからの心理学が果たすべき役割について多くの示唆を得ることができました。

オープニングセレモニー
開会式では、IAAP会長をはじめ、イタリア大会組織委員会やフィレンツェ市の代表者から歓迎の挨拶がありました。
特に印象に残ったのは、AI時代における心理学の使命についての講演です。講演では、AIは人間の理解を超える速度で進歩している一方で、本質的な課題は技術そのものではなく、人間の主体性や価値観の変化にあることが強調されました。そして、心理学は、人が意味を見出し、信頼関係を築き、協働し、不確実な未来に適応していくプロセスを理解し支える学問として、今後ますます重要になることが示されました。
また、「学会は研究成果を発表する場であるだけではなく、人との出会いや対話を通して新たな知見や共同研究が生まれる場である」というメッセージが繰り返し語られ、大変印象的でした。
基調講演から得られた学び
基調講演では、Nicholas Epley氏らによる「見知らぬ人との会話」に関する研究が紹介されました。
「急速に変化する世界の中で、心理学は何を果たすべきか」
特に次の4つが中心的なメッセージでした。
1. AI時代における心理学の役割
- AIは人間の理解を超える速度で進歩している。
- 問題は技術だけではなく、人間の価値観や主体性(Subjectivity)が変化していること。
- 心理学は、人がどのように意味を見出し、信頼し、協力し、未来を創るかを理解する学問としてますます重要になる。
2. 学会で最も大切なのは「人との出会い」
IAAP会長は特に強調していました。
「学会は研究発表だけの場ではない。」
価値があるのは
- コーヒーブレイクでの会話
- セッション前後の雑談
- 初対面の研究者との交流
- 思いがけない共同研究のきっかけ
であると述べました。
3. 心理学研究を支えるエビデンス
紹介された研究は、
Nicholas Epley と Julianne Schroeder の有名な研究です。
内容は
見知らぬ人に話しかけることを多くの人は避けるが、
実際には話しかけた方が幸福感も満足感も高くなる。
つまり
「知らない人に話しかけてください。」
というメッセージには、心理学的根拠があるとのことでした。
4. IAAP会長から参加者への3つのお願い
最後に会長は参加者へ次の3点を勧めました。
- 知らない人に自己紹介すること。
- 専門外のセッションにも参加すること。
- 普段なら質問しないことを一つ質問すること。
「そのような経験から、予想以上の学びや共同研究が生まれる」と締めくくりました。
ICAP2026(第31回国際応用心理学会議)のオープニングセレモニーでは、「New Directions in Applied Psychology(応用心理学の新たな方向性)」をテーマとして、持続可能性(Sustainability)、文化的多様性(Cultural Diversity)、国際協働(Global Collaboration)を中心とした基調講演が行われました。
今回の講演では、応用心理学が個人への支援だけでなく、SDGsや気候変動、文化的多様性、社会課題など、地球規模の課題解決に重要な役割を果たす学問として位置付けられていたことが非常に印象的でした。
基調講演① SDGs 持続的開発目標と応用心理学
Sustainability Science, Sustainable Development and Applied Psychology

Marc A. Rosen教授(Ontario Tech University, Canada)
Marc A. Rosen教授は、サステナビリティ科学の視点から、持続可能な社会の実現には技術だけではなく、人間の行動変容を支える応用心理学が不可欠であることを強調されました。
講演では、持続可能性は「環境」「社会」「経済」の三つの要素のバランスによって成り立つことが説明されました。また、2030年までにSDGsを達成するためには、工学や環境科学だけでなく、人々の価値観や行動を変える心理学的アプローチが必要であることが示されました。
さらに、工学、環境科学、経済学、心理学などが連携する「超学際的(Transdisciplinary)」研究の重要性についても述べられました。
主なポイント
- SDGs達成には人間の行動変容が不可欠である。
- 応用心理学は持続可能な社会づくりの中心的役割を担う。
- 環境・社会・経済の三つの視点を統合する必要がある。
- 学際的な研究と国際協力が重要である。
基調講演② グローバルからグローカルへ
The Combined Emic–Etic Approach in Glocalizing Applied Psychology
Fanny M. Cheung教授(The Chinese University of Hong Kong)
Cheung教授は、「応用心理学のグローカル化」をテーマに講演されました。
従来の心理学は西洋で発展した理論が中心でしたが、それだけでは世界中の文化や価値観を十分に説明できないことが指摘されました。
講演では、「Etic(普遍的視点)」と「Emic(文化固有の視点)」を統合することが、今後の応用心理学の発展に重要であると説明されました。
また、中国版人格検査(Chinese Personality Assessment Inventory:CPAI)の開発事例を紹介し、文化固有の人格特性を評価することの重要性が示されました。
さらに、ジェンダー平等の推進についても、各地域の文化や価値観を尊重した支援が必要であることが述べられました。
主なポイント
- 心理学は文化的背景を考慮する必要がある。
- 普遍性(Etic)と文化固有性(Emic)の統合が重要である。
- 文化に適した心理アセスメントの開発が求められる。
- 国際共同研究による知識創造が今後ますます重要となる。
特別ビデオメッセージ
Sustainability Science and Welcome Greetings
武内和彦教授(東京大学・IGES理事長)
武内和彦教授は、「応用心理学なしでは持続可能な社会は実現できない」という強いメッセージを発信されました。
気候変動、生物多様性の喪失、社会的不平等などの地球規模課題は、環境科学や工学だけでは解決できず、人間の行動を変えることが必要であると説明されました。
また、日本の「自然との調和」という考え方は、世界の持続可能性に貢献できる重要な価値観であることも紹介されました。
さらに、応用心理学には、人々の行動変容を促し、SDGsの達成を支える重要な役割が期待されていることが述べられました。
主なポイント
- 地球規模課題は「人間行動の課題」でもある。
- 応用心理学はSDGs達成の鍵となる。
- 日本の「自然との調和」の考え方は国際的にも重要である。
- 国際協働と学際的研究が不可欠である。
3講演に共通するメッセージ
三つの講演には、いくつかの共通したメッセージがありました。
第一に、応用心理学は個人への支援だけではなく、社会全体の変革に貢献する学問として期待されていることです。
第二に、環境問題やSDGsの実現には、技術開発だけではなく、人々の行動変容が不可欠であり、そのために心理学の知見が重要であることです。
第三に、心理学は世界共通の理論だけではなく、各地域の文化や価値観を尊重した「グローカル」な視点が求められていることです。
さらに、工学、環境科学、経済学、医学など、多様な分野との学際的な連携が今後ますます重要になることも共通して示されました。
今回のICAP2026では、応用心理学が従来の臨床・教育・産業領域に加え、持続可能な社会づくりやSDGsの実現に大きく貢献する学問であることが明確に示されました。
また、文化的多様性を尊重しながら普遍的な知識を構築する「グローカル化」の考え方は、今後の国際的な心理学研究において重要な方向性になると感じました。
特に印象的であったのは、竹内和彦教授が述べられた「地球規模の危機は、人間行動の危機でもある」というメッセージです。環境問題や社会課題を解決するためには、人々の価値観や行動を変える心理学の役割が極めて重要であることを改めて認識しました。
今回の基調講演を通して、応用心理学は人々のウェルビーイングの向上だけでなく、持続可能な社会の実現や文化的包摂、国際協力を支える基盤学問として、今後さらに発展していくことを強く実感しました。
ICAP2026のオープニングセレモニーでは、「持続可能性」「文化的多様性」「国際協働」という三つの視点から、応用心理学の新たな役割が示されました。応用心理学は、個人の支援にとどまらず、SDGsや地球規模課題の解決に貢献する学問として期待されています。今後は、文化に根ざした実践と国際的な知見を融合させながら、人間行動の変容を支える研究と実践を発展させていくことが重要であると考えます。
SDGs・サステナビリティに関する動向
今回のICAP2026では、SDGs(持続可能な開発目標)やサステナビリティに関連しており、研究発表やシンポジウムが数多く企画されていました。特に、気候変動、環境問題、社会的包摂(インクルージョン)、多様性(ダイバーシティ)、ウェルビーイング、AIの活用など、心理学が社会課題の解決にどのように貢献できるかが重要なテーマとなっていました。

右側の棒グラフは、研究発表がどのSDGsに関連しているかの割合(SDGs%)を示しています。
| SDGs | 内容 | 割合 |
|---|---|---|
| SDG3 | Good Health and Well-being(すべての人に健康と福祉を) | 29.4% |
| SDG10 | Reduced Inequalities(人や国の不平等をなくそう) | 11.2% |
| SDG4 | Quality Education(質の高い教育をみんなに) | 10.9% |
| SDG8 | Decent Work and Economic Growth(働きがいも経済成長も) | 7.8% |
| SDG16 | Peace, Justice and Strong Institutions(平和と公正をすべての人に) | 7.3% |
| SDG5 | Gender Equality(ジェンダー平等を実現しよう) | 5.2% |
| SDG11 | Sustainable Cities and Communities(住み続けられるまちづくりを) | 4.3% |
| SDG9 | Industry, Innovation and Infrastructure(産業と技術革新の基盤をつくろう) | 3.7% |
| SDG13 | Climate Action(気候変動に具体的な対策を) | 2.7% |
| SDG12 | Responsible Consumption and Production(つくる責任、つかう責任) | 2.4% |
| SDG17 | Partnerships for the Goals(パートナーシップで目標を達成しよう) | 2.1% |
この結果から分かること
- 約3割(29.4%)がSDG3「健康と福祉」 に集中しており、応用心理学では健康・メンタルヘルスが最も大きな研究テーマとなっています。
- 次に多いのは
- 不平等の削減(SDG10)
- 教育(SDG4)
であり、社会的包摂や教育心理学への関心も高いことが分かります。
- 気候変動(SDG13)や持続可能な消費(SDG12)は比較的少なく、今後の研究拡大が期待される分野と言えます。
コーチング心理学との関連
先生が専門とされるコーチング心理学・ポジティブ心理学との関連では、特に次のSDGsとの親和性が高いです。
- SDG3:ウェルビーイング、レジリエンス、メンタルヘルス
- SDG4:学習・教育・人材育成
- SDG8:働きがい、エンゲージメント、キャリア支援
- SDG10:インクルージョン、多様性、公平性
発表のメッセージ
「応用心理学はSDGsの実現に大きく貢献しており、その中心は健康・ウェルビーイングである」
ということを示す総括的なデータであると考えられます。
オープニングセレモニーでも、AIの急速な発展や社会の大きな変化に対応するためには、心理学が人間の価値観や主体性、協働、信頼、意味づけなどを支える役割を担うことが強調されました。これらは、持続可能な社会の実現に向けて心理学が果たすべき役割を示すものでもありました。
また、サステナビリティ科学の第一人者である東京大学名誉教授・武内和彦先生からは、「サステナビリティ・サイエンス」と応用心理学との連携についてのビデオメッセージが紹介されました。その中では、環境・経済・社会を統合的に捉え、多様な主体が協働しながら持続可能な未来を築くことの重要性が示され、心理学が人々の行動変容やウェルビーイングの向上を通してSDGsの達成に貢献できることが期待されていました。
大会全体を通じて、応用心理学は個人の心理的支援だけでなく、地域社会、組織、教育、環境、健康、政策など幅広い分野において、持続可能な社会の実現に寄与する学問として位置付けられていることを強く感じました。
今回の学会では、応用心理学の研究がSDGsやサステナビリティ、AI、ウェルビーイングと密接に結び付いて発展していることを実感しました。
今後は、こうした国際的な研究動向を踏まえながら、コーチング心理学やポジティブ心理学の知見を活かし、人々のウェルビーイングや行動変容を支援するとともに、持続可能な社会の実現に貢献できる研究・実践をさらに進めていきたいと考えています。
おわりに
ICAP2026への参加は、最新の研究成果に触れるだけでなく、多様な文化や専門性を持つ研究者との交流を通して、新たな視点や研究の可能性を得る貴重な機会となりました。
今後も国際的な学術交流を継続し、応用心理学、コーチング心理学、ポジティブ心理学の発展に貢献できるよう、研究と実践に取り組んでまいります。
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』翻訳書『Tomorrowmind日本語版 これからの生き方』『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。






