AI時代のコーチング倫理とは コーチング心理学の視点より

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🧭 AI時代のコーチング倫理とは コーチング心理学の視点より

―心理的安全性とテクノロジーの共存をめざして―


1. 序論:テクノロジーがコーチングの「場」を変える

近年、AI技術の進化はコーチング実践のあり方を根底から変えつつある。
AIによる自動記録・要約・感情解析・質問支援などが普及し、
コーチはこれまで以上にデータ駆動型の支援を行えるようになった。

しかし同時に、クライアントの個人情報や語りがアルゴリズムに可視化・記録される時代において、
「心理的安全性(Psychological Safety)」をどのように守るかが倫理的中核課題となっている(Edmondson, 2022)。


2. コーチング倫理の再定義:AIと人間の共創

ISCP(国際コーチング心理学会)の倫理規範では、
**「安全で尊重的な関係の維持(maintaining a safe and respectful relationship)」**が
コーチング心理学の最優先原則として掲げられている(O’Riordan & Palmer, 2021)。

AIを介したコーチング環境において、この「安全性」は新しい二重構造をもつ:

次元 内容 倫理的課題
① 技術的安全性(Technical Safety) データの暗号化、匿名化、保存管理 情報漏洩・AI偏向の防止
② 心理的安全性(Psychological Safety) クライアントが“安心して語れる”と感じる心理的空間 AIによる監視感・評価不安の低減

AIの導入により、クライアントは「自分の語りが分析されている」という意識を強く持つ可能性がある。
このため、コーチは「AIの介在を明示し、同意を得ること(informed consent)」が倫理的必須条件となる。


3. 心理的安全性の再構築:AI時代の信頼の形

Amy Edmondson(2022)は、心理的安全性を「学び・発言・挑戦するための恐れのない環境」と定義する。
AI支援コーチングでは、この「恐れのなさ」は次の3つの倫理的要素により再構築される。

要素 コーチの行動 具体例
透明性(Transparency) AIの機能・範囲・制限を明示 「このセッションではAIが記録を補助します。内容は第三者に共有されません。」
主体性(Autonomy) クライアントがAI活用の可否を選択できる 「AI要約を希望されますか?」
信頼性(Trustworthiness) AIの結果よりも、クライアントの語りを優先 「AIの分析は参考ですが、あなたの感じたことが一番大切です。」

AIによる客観的データは有用だが、
人間的共感・文脈理解・沈黙の尊重といった“非言語の聴く力”こそが心理的安全性を支える。
テクノロジーがいくら進化しても、この**「関係的倫理(relational ethics)」**は代替されない。


4. コーチの新しい倫理的責務:デジタル・エンパシーの発達

現代のコーチは、単なる「倫理遵守者」ではなく、
AI時代の「デジタル倫理実践者(Ethical Digital Practitioner)」となることが求められる。

このための新しい倫理的スキルは以下の通りである:

スキル 内容 背景理論
① デジタル・リテラシー倫理 AIの機能・限界・リスクを理解し説明できる Technological Ethics(Floridi, 2020)
② デジタル・エンパシー テクノロジー越しでも共感的存在感を保つ Presence Theory(Geller, 2021)
③ メタ倫理的リフレクション 「このAI利用はクライアントの利益か?」を常に内省 Myers & Bachkirova, 2021
④ インフォームド・チョイス クライアントがAI利用を“選べる”状況を整える ISCP Ethical Code, 2023

5. 実践への指針:AI×コーチング倫理の5原則

原則 内容 実践例
1. 明示(Disclosure) AI利用・記録範囲・データ処理を事前に説明する 「この会話はAI記録システムを通しますが、守秘義務は変わりません。」
2. 同意(Consent) クライアントの自由意思に基づく承認 「AIを使わない選択も可能です。」
3. 尊重(Respect) 人間中心の対話を維持 AI提案よりクライアントの言葉を優先
4. 責任(Accountability) AI利用結果の解釈に最終責任を持つ 「AIの分析は補助的。解釈は私たちが行います。」
5. リフレクション(Reflection) 倫理的影響を定期的に振り返る スーパービジョン・倫理レビューの活用

6. 結論:AIと倫理の「共進化」

AI時代のコーチング倫理は、
**「人間の尊厳を中心に据えたテクノロジー活用」**という新しい段階に入っている。

AIは質問を提案できるが、
「沈黙を尊重する」ことや「涙に寄り添う」ことは、まだ人間にしかできない。

したがって、AIの導入はコーチを置き換えるのではなく、
コーチの倫理的・共感的プレゼンスをより深く磨く契機となる。

🌱 「AIがデータを支え、人間が意味をつくる」
―これが、心理的安全性の時代における新しい倫理の形である。


📚 主要参考文献

  • O’Riordan, S., & Palmer, S. (2021). Introduction to Coaching Psychology. Routledge.
  • Neenan, M., & Palmer, S. (2022). Cognitive Behavioural Coaching in Practice (2nd ed.). Routledge.
  • Kellerman, G. R., & Seligman, M. E. P. (2023). Tomorrowmind. Atria Books.
  • Edmondson, A. (2022). The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth.
  • Floridi, L. (2020). The Ethics of Artificial Intelligence. Oxford University Press.
  • Myers, A., & Bachkirova, T. (2021). Boundaries and Best Practice. In Introduction to Coaching Psychology.
  • ISCP (2023). Code of Ethics and Good Practice for Coaching Psychologists.

ご希望があれば、次に以下のいずれかを作成できます:
1️⃣ AI時代の倫理的チェックリスト(ISCP基準対応)
2️⃣ AI支援コーチングにおける同意書テンプレート(日英併記)
3️⃣ AI×心理的安全性に関するワークショップ設計案(教育者向け)

どれを作成しましょうか?

投稿者プロフィール

徳吉陽河
徳吉陽河
徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。

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