自由特性論を活用するパーソナリティ心理学コーチングとは?

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自由特性論を活用したコーチング、学びと活用は、以下のプログラムで実践できます。

Personality

自由特性理論:パーソナリティ心理学コーチングの活用

1. 自由特性理論の概要と定義

自由特性理論(Free Trait Theory)は、パーソナリティ心理学者のブライアン・R・リトル(Brian R. Little)博士によって提唱された心理学理論です。この理論は、人間が生まれ持った性格特性(例:ビッグファイブ)に縛られることなく、自身が深く価値を置く個人的な目標やプロジェクト(コアパーソナルプロジェクト)を達成するために、意図的に本来の性格とは異なる特性を一時的に発揮できると主張します。

パーソナリティ心理学コーチングでは、この自由特性理論を活用して、わかりやすく、実用的な実践します。

提唱者と発表時期

  • 提唱者: ブライアン・R・リトル博士(ケンブリッジ大学およびカナダ・カールトン大学)
  • 発表時期: 1996年に初めて概念が発表され、2008年に理論として体系化されました。

理論の核心をなす3つの要素 自由特性理論は、人間の行動を3つの異なる根源から理解します。

  1. 生物学的特性 (Biogenic): 遺伝的・生物学的に決定された、生まれ持った性格傾向。気質的に安定しており、ビッグファイブパーソナリティの基礎となります。
  2. 自由特性 (Free Traits): 「コアパーソナルプロジェクト」を達成するために、意図的かつ戦略的に採用される一時的な行動パターン。自己調整を必要とします。
  3. 回復資源 (Restorative Niche): 自由特性を発揮した後に生じる心理的・生理的コストを回復するために必要な時間や環境。「復元ニッチ」とも呼ばれます。

コアパーソナルプロジェクトとは 理論の中核をなす概念であり、個人が深く価値を置き、情熱を注ぐ目標や取り組みを指します。これらは自己実現に深く関わり、人生に意味や方向性を与えるものです。

  • 例:内向的な人が、キャリアアップという重要な目標のために、大切なプレゼンテーションの場で外向的に振る舞う。

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2. 理論的メカニズム

自由特性理論は、人間の行動が「生物学的特性」「社会的特性」「自由特性」という3つの層から形成される複合的なシステムであると説明します。

層の名称 特徴
① 生物学的特性 (Biogenic) 遺伝や神経科学的基盤に根差した、生来の安定した性格傾向。
② 社会的特性 (Sociogenic) 社会化のプロセスを通じて獲得される、文化的規範や役割期待を反映した行動パターン。
③ 自由特性 (Free Traits) コアプロジェクト達成のために、意図的に採用される一時的な行動パターン。

自由特性が発揮されるプロセス 個人が自由特性を発揮する際には、以下の心理的プロセスが働きます。

  1. コアプロジェクトへの強いコミットメント: 達成したいという強い動機が行動変容の起点となります。
  2. 性格傾向と必要行動のギャップ認識: 自身の生来の性格と、目標達成に必要な行動との間のギャップを認識します。
  3. 行動変容のための自己調整: 「意図性」「自己反応性」「自己内省」といった自己調整力を駆使して、必要な行動を意図的に選択・実践します。
  4. 実行後の回復プロセス: 行動変容に伴うエネルギー消耗を回復させるため、回復資源(復元ニッチ)を活用します。

自由特性の代価と回復の重要性 本来の性格とは異なる行動(カウンターディスポジショナル行動)は、心理的・生理的なコストを伴います。これにはエネルギーの消耗、疲労感、自律神経系への負荷などが含まれます。そのため、自由特性を持続的に活用するには、自分らしくいられる時間や場所である「回復資源」を意図的に確保することが不可欠です。

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3. 科学的根拠と実証研究

自由特性理論は、複数の実証研究によってその妥当性が支持されています。

経験サンプリング法による目標と特性発現の関連検証

Fleesonらの研究では、日常生活における人々の行動と目標の関係を追跡調査しました。

  • 研究手法: 44名の参加者が10日間にわたり、1日5回、その時々の状態や目標を記録。
  • 重要な発見:
    • 個人の性格特性の発現は、その時々の目標によって大きく変動することが示されました。
      • 外向性の変動の46%
      • 誠実性の変動の51%
    • 実験的検証により、「人と繋がる」という目標が外向性の発現を、「タスクを完了する」という目標が誠実性の発現を実際に引き起こす因果関係が確認されました。
  • 結論: 性格特性は固定的なものではなく、目標達成のための「道具」として機能することが示唆されました。

カウンターディスポジショナル行動の効果研究

「カウンターディスポジショナル行動(counter-dispositional behavior)」とは、
自分の通常の傾向(性格特性・気質・行動スタイル)に反する行動を、意図的または状況的に取ることを指します。

本来の性格傾向と反対の行動を取ること(例:内向的な人が外向的に振る舞う)の影響に関する研究も進んでいます。


🔹基本的な意味

人には「ビッグファイブ(Big Five)」などで測定できる「ディスポジション(disposition:傾向的特性)があります。
例えば、

  • 内向的(introverted)
  • 慎重(conscientious)
  • 情緒安定(emotionally stable)
    など。

しかし、ある状況では、
自分の特性に“反する”行動を取ることが求められることがあります。
このような行動が カウンターディスポジショナル行動 です。


🔹例

通常の特性(傾向) カウンターディスポジショナル行動の例
内向的で一人が好き 会議で積極的に意見を出す、初対面の人に話しかける
慎重で計画的 即興的なアイデアを出す、リスクを取る
感情を抑えるタイプ 感謝や喜びを積極的に表現する
共感的で他者重視 あえて「No」と言って自分を守る

🔹心理学的背景

この概念は 「自由特性理論(Free Trait Theory)」(Brian Little, 2008)で重要な位置を占めます。
リトルは、人は生まれ持った特性(ディスポジション)を超えて、
「個人的プロジェクト(personal projects)」や「社会的使命(social scripts)」を果たすために、
あえて自分らしくない行動を選ぶことができる
と説きました。

このとき、

  • その行動はカウンターディスポジショナルだが、
  • **自分にとって意味のある目的(meaningful goal)**があれば、
    それは「自分らしい行動(authentic action)」と両立しうるのです。

🔹ウェルビーイングとの関係

研究では、

  • 意味や目的(purpose)に基づくカウンターディスポジショナル行動は、短期的には疲労を伴うが、
  • 長期的には成長・達成感・関係性の充実を高める(Little, 2011; Fleeson, 2017)。

したがって、
「自分らしくないことをする=不自然」ではなく、
「自分の価値や目標に沿って一時的に自分らしくない行動を取る」ことが、成長や幸福の鍵
とされます。


🔹コーチング心理学への応用

  • クライアントが「行動を変えたい」と言いながらも「性格だから無理」と思っているとき、
    → 目的に基づくカウンターディスポジショナル行動の発想を導入する。
  • 「自分らしさ」と「変化」を対立ではなく、“選択可能な柔軟性(flexible authenticity)”として扱う。
  • 「なぜそれをしたいのか(meaning)」に焦点を当てると、行動変容の持続力が高まる。

 

  • Pickett et al. (2019)の研究:
    • 対象: 85名のフルタイム労働者を5日間追跡。
    • 結果: 内向的な人が外向的に振る舞った直後には活力(vitality)の上昇が見られましたが、その1時間後には疲労感や活力低下の兆候が確認されました。
  • Leikas & Ilmarinen (2017)の研究:
    • 高レベルの外向的行動は即時的な気分向上につながる一方で、その後の疲労感の増加とも関連することが示されました。

これらの研究は、自由特性の発揮が短期的なポジティブな効果を持つ一方で、エネルギーを消費するため、長期的なパフォーマンス維持には適切な回復が不可欠であることを科学的に裏付けています。

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4. 実践的応用と効果

自由特性理論は、職場、人間関係、教育、自己成長など、多様な場面で応用可能です。

一般的な応用例

  • 職場での応用:
    • リーダーシップ: 内向的なリーダーがプロジェクト推進のために外向的なコミュニケーションを意図的に行い、チームを成功に導く。
    • プレゼンテーション: 普段は物静かな人物が、重要なプレゼンで情熱的に語ることで聴衆を惹きつける。
  • 人間関係での応用:
    • 重要な人間関係を築く際に、相手との関係性を深めるために協調性を高める。
    • 特定の趣味(例:「推し」の話題)の場では、普段の性格に関わらず積極的に会話に参加する。
  • 自己成長への応用:
    • 自身の性格的な限界を超えて挑戦することで、新たなスキルや人間関係を獲得し、自己肯定感や自己効力感を向上させる。

実践事例:地域活性化プロジェクト 内向的な性格の人物が、「地元の魅力を広めたい」という強いコアプロジェクトに基づき、リーダーとして地域PRイベントを企画・実行。慎重な性格から積極的な行動へと自由特性を発揮し、プロジェクトを成功させると同時に、自己効力感の大幅な向上を実現しました。

教育現場での応用と効果

教育分野では、学習者の主体性(エージェンシー)の発揮と密接に関連付けられています。

  • メカニズム: 学習者が自らの学習目標や役割に応じて行動を柔軟に選択することで、主体的に学びを深めることができます。
  • 効果: アクティブラーニングや協働学習の場面で、学習者の自己効力感、チームワーク力、論理的思考力の発達に寄与します。
効果・実践法 内容・具体例
自己効力感の向上 目標に応じた行動選択を実践することで、自信や達成感が高まる。
主体性・自己調整力 ポートフォリオやリフレクション(省察)を通じて自己調整が促進される。
チームワーク・協働力 PBL(課題解決型学習)や協働学習で、自身の役割を柔軟に担う。

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5. 具体的な実践方法

自由特性理論を実践するためには、自己理解と意図的な計画が重要です。

自由特性理論の5ステップ・プロセス

  1. 自分の性質を把握する: ビッグファイブ性格テストなどを用いて、自身の生来の性格特性を客観的に理解します。
  2. コアパーソナルプロジェクトを明確化する: 自分が本当に価値を置き、情熱を注げる目標や活動を特定します。
  3. プロジェクトの優先順位を認識する: 複数のプロジェクトがある場合、優先順位を定め、最も力を注ぐべきものを判断します。
  4. 性質変化の方向性を特定する: コアプロジェクト達成のために、具体的にどの特性をどのように変化させる必要があるかを明確にします(例:内向的→外向的、慎重→積極的)。
  5. 行動計画の実践と回復: 計画に沿って行動変容を実践し、その後必ず適切な回復資源(リフレッシュできる時間や環境)を確保します。

教育現場での実践法

  • 学習ポートフォリオの導入: 学習の過程や成果を記録・省察することで、自己調整力を高める。
  • リフレクション活動: 自己評価リストなどを用いて、自身の行動や学びを振り返る機会を設ける。
  • 役割選択が可能な学習環境: アクティブラーニングやPBLなど、学習者が自ら役割や行動を選択できる環境を設計する。

実践における重要ポイント

  • 自由特性の発揮後は、必ず回復のための時間と環境を確保する。
  • 自身のコアプロジェクトと実践している行動の一貫性を定期的に見直す。
  • 短期的な目標達成と長期的なウェルビーイングのバランスを意識する。

投稿者プロフィール

徳吉陽河
徳吉陽河
徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。

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