ポジティブ心理学3.0入門 コーチングからの視点

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ポジティブ心理学3.0:コーチングに革新をもたらす新たなパラダイム

はじめに

ポジティブ心理学は、2000年代初頭にマーティン・セリグマンによって提唱されて以来、着実に進化を遂げてきました。そして今、私たちは「ポジティブ心理学3.0」という新しい段階を迎えています。コーチング心理学の実践者として、この進化を理解することは、クライアントにより深い変容をもたらすために不可欠です。

ポジティブ心理学の進化:1.0から3.0へ

ポジティブ心理学1.0:強みと幸福への注目

初期のポジティブ心理学は、人間の強みや美徳、幸福感に焦点を当てました。「何が人を幸せにするのか」「どうすれば人生を繁栄させられるのか」という問いから始まり、コーチングの世界に強みベースのアプローチという貴重な視点をもたらしました。

しかし、この段階では時に「ポジティブであること」が過度に強調され、ネガティブな感情や困難な経験が軽視される傾向がありました。

ポジティブ心理学2.0:陰と陽の統合

2.0では、ポジティブとネガティブの両面を認識する必要性が強調されました。困難や逆境もまた、成長と意味の源泉であるという理解です。レジリエンス、ポストトラウマティック・グロース(心的外傷後成長)といった概念が注目を集めました。

コーチングにおいては、クライアントの苦悩を否定するのではなく、それを成長の機会として扱うアプローチが広がりました。

ポジティブ心理学3.0:文脈と多様性への深い理解

そして現在のポジティブ心理学3.0は、さらに成熟した視点を提供します。ここでは、以下の要素が重視されます:

  • 文脈の重要性:何が「良い」のか、何が「幸福」なのかは、文化、状況、個人によって異なる
  • 多様性の尊重:西洋中心的な幸福観からの脱却
  • 複雑性の受容:人間の経験は単純な二元論では捉えられない
  • 動的プロセス:ウェルビーイングは固定的な状態ではなく、常に変化する旅路

コーチング実践への応用

1. クライアントの「成功」を再定義する

3.0の視点では、コーチはクライアントに普遍的な成功のテンプレートを押し付けません。代わりに、クライアント自身の価値観、文化的背景、人生の文脈の中で、その人にとっての意味ある目標を探求します。

実践例: 「あなたにとって成功とは何ですか?」という問いに加えて、「あなたの文化や育った環境は、この定義にどう影響していますか?」と尋ねることで、より深い自己理解を促します。

2. 両極性の統合

ポジティブ心理学3.0は、喜びと悲しみ、成功と失敗、強さと脆弱性が共存できることを認識します。コーチは、クライアントが人生のあらゆる側面を統合的に受け入れられるようサポートします。

実践例: クライアントが困難な感情を表現したとき、すぐに「でもポジティブな面を見ましょう」と切り替えるのではなく、その感情を十分に探求し、そこから自然に生まれる洞察を待ちます。

3. 文化的謙虚さの実践

異なる文化的背景を持つクライアントと働く際、コーチは自分自身の文化的前提を認識し、クライアントの世界観から学ぶ姿勢を持ちます。

実践例: 集団主義的文化背景を持つクライアントに対して、個人主義的な「自己実現」のフレームワークを無批判に適用するのではなく、関係性や調和の中での成長を探求します。

4. プロセスとしてのウェルビーイング

3.0では、ウェルビーイングを達成すべき最終目標としてではなく、継続的なプロセスとして捉えます。コーチングセッションは、固定的な「幸福な状態」に到達することではなく、変化し続ける人生の中で意味と目的を見出し続ける能力を育てることを目指します。

実践例: 「目標を達成したら幸せになれる」という思考パターンを、「成長の旅そのものに価値を見出す」という視点にシフトさせます。

5. システム全体への視野

個人を孤立した存在として見るのではなく、関係性、コミュニティ、社会システムの中に位置づけます。個人の変化は、周囲との相互作用の中で起こります。

実践例: キャリアの目標を探求する際、個人の野心だけでなく、家族、コミュニティ、社会への貢献という観点も含めて対話します。

コーチとしての内的作業

ポジティブ心理学3.0を真に実践するには、コーチ自身の内的成長が不可欠です:

  • 自己の偏見への気づき:自分自身の「良い人生」に関する前提を継続的に検証する
  • 不確実性への寛容さ:すべての答えを持っている必要はないという謙虚さ
  • 継続的学習:異なる文化、視点、生き方について学び続ける姿勢
  • 統合的実践:自分自身の光と影を受け入れ、統合する

まとめ:より人間的なコーチングへ

ポジティブ心理学3.0は、コーチング心理学に成熟した複雑性をもたらします。それは、簡単な答えやテクニックではなく、クライアント一人ひとりのユニークな人間性を深く尊重するアプローチです。

この視点を採用することで、コーチはクライアントに対して:

  • より真正な対話の空間を創造できる
  • 多様な生き方や価値観を尊重できる
  • 表面的な「ポジティブさ」ではなく、深い意味と目的を探求できる
  • 変化と不確実性の中で、しなやかに生きる力を育てられる

ポジティブ心理学3.0は、完璧を目指すのではなく、人間らしさを受け入れることです。コーチとして、私たちはクライアントと共に、この複雑で美しい人間存在の旅を歩んでいくのです。

投稿者プロフィール

徳吉陽河
徳吉陽河
徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。

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