プロセス・ベースド・セラピー(PBT)を活かしたコーチング心理学のメリット
プロセス・ベースド・セラピー(Process・Based・Therapy)を活かしたコーチング心理学のメリット 認知行動プロセンスコーチング
【キーワード】プロセス・ベースド・セラピー|コーチング心理学|ヘイズ|ACT|心理的柔軟性|認知行動プロセスコーチング
はじめに――「本当の変化」を求めているあなたへ
コーチングを受けてみたけれど、なんだかしっくりこない。目標は立てたのに、なぜか行動できない。そんな経験はありませんか?
実は、多くのコーチングやセルフヘルプの手法が見落としているものがあります。それは「人間の心の複雑さ」です。
私たちの行動や感情は、シンプルな「目標→行動」の図式だけでは説明できません。過去のトラウマ、根深い信念、社会的なプレッシャー……。こうした複雑な要素が絡み合ってはじめて、私たちの「今」があります。
そこに光を当てたのが、スティーブン・C・ヘイズ(Steven C. Hayes)博士が提唱する「プロセス・ベースド・セラピー(Process-Based Therapy: プロセス・ベースド・セラピー)」です。そしてこのアプローチをコーチング心理学に組み込むことで、これまでにない深い変容が可能になってきました。
本記事では、プロセス・ベースド・セラピーがコーチング心理学にもたらすメリットをわかりやすく、具体的にお伝えします。
1. プロセス・ベースド・セラピー(プロセス・ベースド・セラピー)とは何か?
1-1. ヘイズ博士の問いかけ――「なぜ心理療法は効くのか?」
ヘイズ博士はACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の創始者としても知られる、現代心理学の第一人者です。彼は長年の研究を経て、こう問いかけました。
「さまざまな心理療法が効果を持つとき、その根底にある『共通のプロセス』は何なのか?」
従来の心理療法は、うつ病には認知療法、不安には行動療法、というように診断カテゴリーに合わせた「プロトコル」を適用することが主流でした。しかしヘイズは、診断名に縛られるのではなく、変化をもたらす核心的なプロセスそのものに着目することを提唱したのです。
これがプロセス・ベースド・セラピーの本質です。「何という病気か」ではなく、「どのような心理的プロセスが機能しているか」を丁寧に見ていく。このシフトは、心理学の世界に革命をもたらしました。
1-2. プロセス・ベースド・セラピーが注目する「変化の核心プロセス」
プロセス・ベースド・セラピーは、認知行動療法に関わり,人間の心理的変化に関わる複数の「コアプロセス」を特定し、それらを個人に合わせて柔軟に組み合わせます。代表的なプロセスには以下のものがあります。
- アクセプタンス(困難な感情や思考を回避せず受け入れる能力)
- 認知的脱フュージョン(思考に支配されず、思考を「ただの思考」として観察する力)
- 今この瞬間への気づき(マインドフルネス:現在の経験に意図的に注意を向ける)
- 価値の明確化(何が本当に大切かを理解する)
- コミットメントに基づく行動(価値に沿った行動を選び続ける)
- セルフ・アズ・コンテクスト(変わらない「観察する自己」への気づき)
これら6つのプロセスは、ACTの「ヘキサフレックス」モデルとも重なりますが、プロセス・ベースド・セラピーはさらに生物的・心理的・社会的・進化的な多層モデルへと発展させています。
2. コーチング心理学へのプロセス・ベースド・セラピー統合――なぜ今、必要なのか?
2-1. 従来型コーチングの「限界」 認知行動プロセスコーチング
コーチングは本来、クライアントの潜在能力を引き出し、目標達成を支援する強力なアプローチです。しかし、従来型のコーチングには見えにくい落とし穴があります。
「目標を設定し、行動計画を立てる」というアプローチは、クライアントの内面の複雑さを十分に扱えないことがある。
たとえば、「もっとリーダーシップを発揮したい」というクライアントがいるとします。コーチは目標を設定し、行動プランを立てます。ところが、クライアントは動けない。なぜか?
その裏には、「失敗したら恥ずかしい」という根深い恐れがあるかもしれません。「自分にはリーダーの資質がない」という固定した自己概念があるかもしれません。こうした内面の動きを扱わずして、行動変容は難しいのです。
2-2. プロセス・ベースド・セラピーが補完するもの
ここにプロセス・ベースド・セラピーの視点を組み込むことで、コーチングは劇的に深まります。プロセス・ベースド・セラピーを活用したコーチング心理学(以下、プロセス・ベースド・セラピーコーチング)は、次のような統合を実現します。
- 目標の「表面」だけでなく、クライアントの心理的プロセス全体を視野に入れる
- 感情や思考の抵抗を「障害」ではなく、変化の「情報」として扱う
- 「なぜ動けないか」を診断するのではなく、「どのプロセスを育てると前進できるか」を見極める
このアプローチは、コーチングをより人間的で、より科学的なものにします。
3. プロセス・ベースド・セラピーコーチングの具体的なメリット
メリット①:「心理的柔軟性」が育つ
プロセス・ベースド・セラピーの中心概念の一つが「心理的柔軟性(psychological flexibility)」です。これは、困難な状況においても、自分の価値に沿った行動を選び続ける能力のことです。
従来のコーチングでは「ポジティブ思考」や「マインドセットの転換」が強調されることがありますが、これは時として「ネガティブな感情を押し込める」ことにつながり、逆効果になることも。
一方、プロセス・ベースド・セラピーコーチングでは、不安も怒りも悲しみも「あって当然のもの」として受け入れながら、それでも価値に基づいて行動できる力を育てます。この心理的柔軟性は、仕事、人間関係、自己成長のあらゆる場面で役立つ、一生モノのスキルです。
メリット②:「本当の価値」に基づいた目標設定ができる
多くのクライアントが持ち込む目標は、実は「社会的な期待」や「他者の評価」に基づいていることがあります。「年収を上げたい」「昇進したい」――これらが本当に自分の価値に基づいているのか、それとも他者からの承認を求めているだけなのか。
プロセス・ベースド・セラピーコーチングでは、「価値の明確化」のプロセスを丁寧に行います。「あなたにとって、本当に大切なことは何か?」「人生の終わりを想像したとき、どんな生き方をしていたいか?」こうした問いを通して、外から与えられた目標ではなく、内側から湧き出る価値に基づいた目標が生まれます。
外側からの「すべき」ではなく、内側からの「したい」に基づいた行動は、持続力がまったく違う。
メリット③:自己批判の罠から抜け出せる
「また失敗した」「自分はダメだ」「どうせ続かない」——こうした自己批判的な思考は、多くの人が抱える問題です。これらの思考に「フュージョン」(くっついて同一化)すると、思考が現実のように感じられ、行動を縛ります。
プロセス・ベースド・セラピーコーチングでは「認知的脱フュージョン」という技法を用います。自分の思考を「ただの思考」として観察し、「私はダメだ」という考えに支配されるのではなく、「ああ、今『自分はダメだ』という考えが浮かんでいるな」と距離を置いて見られるようになります。
これにより、自己批判に引きずられることなく、建設的な行動を選べるようになります。自己批判が完全になくなるわけではありませんが、それに振り回される力が大幅に低下するのです。
メリット④:「今ここ」に集中する力が高まる
コーチングの効果を妨げる大きな要因の一つが、「過去への後悔」と「未来への不安」です。セッション中でさえ、クライアントの心は過去や未来をさまよいがちです。
プロセス・ベースド・セラピーコーチングでは、マインドフルネスの実践を通じて「今この瞬間に意識を向ける」力を育てます。これはただの瞑想ではありません。コーチングセッションでの対話、日常の意思決定、プレッシャーのかかる場面でも、「今ここ」に根ざした判断ができるようになります。
研究によれば、マインドフルネスの実践はストレス軽減だけでなく、認知的柔軟性、創造性、意思決定能力の向上にも寄与することがわかっています。
メリット⑤:行動の「持続性」が飛躍的に上がる
コーチングで最も難しいのは「続けること」です。セッション後の熱量は高くても、日常に戻ると元に戻ってしまう……。これは意志力の問題ではありません。
プロセス・ベースド・セラピーコーチングでは、行動の動機を「恐れや義務感」から「価値への献身」へとシフトさせます。「失敗が怖いからやる」ではなく、「これが自分の大切にしたいことだからやる」という動機付けは、困難に直面したときの粘り強さがまったく違います。
また、「うまくいかない日があっても、それを受け入れながら続ける」というアクセプタンスの姿勢が、再起力(レジリエンス)を高めます。
メリット⑥:コーチとクライアントの関係性そのものが変わる
プロセス・ベースド・セラピーコーチングの特筆すべき点の一つは、コーチとクライアントの関係性への影響です。プロセス・ベースド・セラピーでは「関係フレーム理論(RFT)」という学習理論を基盤としており、言語と文脈の力を深く理解しています。
これにより、コーチは単なる「問いかけ役」ではなく、クライアントの言語的・経験的世界に丁寧に入り込み、クライアントが自分の内側を安全に探索できる「場」を作れるようになります。
クライアントは「答えを教えてもらう」のではなく、「自分自身の専門家として、自分の人生を歩む力」を育てていきます。これがコーチングの本来の姿です。
4. 実際のセッションではどう使われるの?――具体例で理解する
ケース:「昇進したいのに一歩が踏み出せない」Aさん
32歳の会社員Aさんは、「管理職になりたいが、自信がなくて手を挙げられない」という悩みを持っていました。
従来型コーチングのアプローチ
→ 強みを洗い出し、行動計画を立て、「まず小さな一歩を踏み出しましょう」と励ます。
プロセス・ベースド・セラピーコーチングのアプローチ
コーチはまず、Aさんが管理職になることを想像したときに湧いてくる感情・思考・身体感覚を丁寧に観察します。「失敗したらどうしよう」「自分には早い」という考えが浮かぶことを確認。
次に、これらの考えとの「脱フュージョン」を促します。「今、『自分には早い』という考えが浮かんでいますね。その考えはどれくらい事実に近いでしょうか?それとも、ただの考えとして観察することはできますか?」
そして価値の明確化へ。「管理職になりたいのは、どんな人生を生きたいから?」。Aさんは「チームのメンバーが成長するのを助けたい」「自分の経験を次の世代に伝えたい」という深い価値を発見します。
最後に、その価値に基づいたコミットメント行動を設定。「不安はあっても、大切なことだからやってみる」という姿勢での行動が始まります。
2ヶ月後、Aさんは管理職候補として名乗りを上げた。「不安は消えなかったけど、それでいいんだとわかった」と話してくれた。
5. プロセス・ベースド・セラピーコーチングは誰に向いているの?
プロセス・ベースド・セラピーを活かしたコーチング心理学は、特に以下のような方に強い効果を発揮します。
- 「わかってはいるけど、動けない」という経験を繰り返している方
- 自己批判が強く、失敗を極端に恐れる傾向がある方
- 過去の経験や感情が現在の選択に影響していると感じている方
- 「本当にやりたいこと」がわからなくなっている方
- 目標は達成できても、どこか空虚感がある方
- ストレスの多い環境で、心の回復力を高めたい方
逆に、すでに明確な目標があり、行動面のサポートだけが必要な方には、従来のソリューション・フォーカスドなコーチングの方が迅速に効果が出ることもあります。プロセス・ベースド・セラピーコーチングは「深さ」を求める方に特に向いています。
6. プロセス・ベースド・セラピーコーチングに関するよくある質問(FAQ)
Q1. プロセス・ベースド・セラピーコーチングは「カウンセリング」や「心理療法」と同じですか?
いいえ、異なります。カウンセリングや心理療法は主に「障害や問題の治療・改善」を目的としていますが、コーチングは「現在機能している人がさらに成長・変化するための支援」です。プロセス・ベースド・セラピーコーチングは心理療法の知見をコーチングに応用するものであり、精神疾患の治療を目的とするものではありません。
Q2. どのくらいのセッション数が必要ですか?
個人差がありますが、一般的には月2回×3〜6ヶ月程度で、クライアントが主要なプロセスを体得し始めることが多いです。ただし、プロセス・ベースド・セラピーコーチングで育てる力は「一生もの」であり、継続的に実践することでさらに深まっていきます。
Q3. オンラインでも効果はありますか?
はい、十分に効果があります。特にマインドフルネスや価値の明確化ワーク、脱フュージョンの技法はオンラインセッションでも実施可能です。大切なのは、コーチとクライアントの信頼関係と、クライアントが安心して内側を探索できる環境作りです。
7. 科学的根拠――プロセス・ベースド・セラピーはエビデンスに基づいており,統合が可能
「感情を大切にする」「価値に基づく」と聞くと、「スピリチュアルな話では?」と思う方もいるかもしれません。しかし、プロセス・ベースド・セラピーは徹底してエビデンス(科学的証拠)に基づいています。
ヘイズ博士らのグループは、ACTおよびプロセス・ベースド・セラピーに関する数千の研究を積み重ねてきました。2021年にヘイズ博士が出版した書籍「A Liberated Mind」(邦訳:『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』)は、一般向けにこの研究を丁寧に解説しており、世界中でベストセラーになっています。
また、心理的柔軟性の向上が、うつ・不安・慢性疼痛・職場ストレスなど広範な問題に対して有効であることが、ランダム化比較試験(RCT)を含む多数の研究で示されています。
コーチングの文脈においても、ACT/プロセス・ベースド・セラピーベースのコーチング介入がウェルビーイング、目標達成、職場のパフォーマンス向上に有意な効果を持つことが、近年の研究で確認されています。
8. まとめ――「変われない」ではなく、「変わり方を知らなかっただけ」
プロセス・ベースド・セラピーをコーチング心理学に活かすことの最大のメリットは、「人間の心の複雑さを丸ごと受け入れながら、それでも前へ進む力」を育てられることです。
あなたが「また続かなかった」「やっぱり自分はダメだ」と感じているとしたら、それはあなたの意志が弱いのでも、能力が足りないのでもありません。ただ、心の動き方の「仕組み」を知らなかっただけかもしれない。
困難な感情や思考を「敵」としてではなく、変化への「情報」として扱う。そして、自分が本当に大切にしていることに向かって、一歩ずつ進んでいく。
これがプロセス・ベースド・セラピーコーチングが提案する、新しい変化の道筋です。
あなたの「本当の変化」は、もうすでに始まっています。
参考文献・推薦書
- Hayes, S. C., Hofmann, S. G. (2018). Process-Based CBT. Context Press.
- Hayes, S. C. (2019). A Liberated Mind: How to Pivot Toward What Matters. Avery.(邦訳:幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない 新潮社)
- Hayes, S. C., Strosahl, K. D., & Wilson, K. G. (2012). Acceptance and Commitment Therapy (2nd ed.). Guilford Press.
- Passmore, J., & Theeboom, T. (2016). Coaching psychology: A journey of development in research. In L. E. van Zyl, M. W. Stander, & A. Odendaal (Eds.), Coaching Psychology: Meta-theoretical perspectives and applications in multicultural contexts.
- 『プロセス・ベースド・セラピーをまなぶ:「心の変化のプロセス」をターゲットとした統合的ビジョン』(金剛出版)
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投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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