エグゼクティブコーチングの効果:システマティックレビューに基づくエビデンス
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エグゼクティブコーチングの効果:システマティックレビューに基づくエビデンス
ーAthanasopoulou & Dopson (2018)の研究レビューに基づいてー
要約
本記事は、Athanasopoulou & Dopson (2018)の論文「A systematic review of executive coaching outcomes: Is it the journey or the destination that matters the most?」をもとに、エグゼクティブコーチングの効果、その社会的コンテキスト、課題点について包括的に解説します。単に「効果があるか」だけでなく、「どのようなメカニズムで」「どのような条件下で」効果が現れるかという視点から、エビデンスに基づいた情報を提供します。
1. エグゼクティブコーチングとは?定義と背景
エグゼクティブコーチング(EC)は、「外部コーチが組織メンバーに提供する専門的な開発実践」であり、「パーソナル開発とリーダーシップ行動における持続的かつポジティブな変化を支援するための目的を持った介入」と定義されています(Grant, 2012a)。
エグゼクティブコーチングは以下の特徴を持ちます:
- 3つの主要なステークホルダー(コーチ、コーチー、スポンサー組織)のパートナーシップを含むプロセス
- カウンセリングや心理療法とは異なり、メンタルヘルスの問題ではなく、組織目標に貢献する個人的・職業的成長に焦点
- 個人目標が常に戦略的な組織目標に紐づけられる必要がある
- コーチの多様な背景(ビジネス、心理学、スポーツなど)により、実践方法に多様性がある
2012年時点で、世界中にはおよそ47,500人のプロフェッショナルコーチが活動し、コーチング産業は20億ドル規模に成長してきました(ICF, 2012)。ハーバードビジネスレビューの調査によると、かつてはリーダーシップにおける有害な行動に対処するためにコーチが雇われていましたが、現在は高いポテンシャルを持つ人材の開発や新しい役割への移行支援のために活用されることが増えています(Coutu et al., 2009)。
2. 研究方法:システマティックレビューのアプローチ
Athanasopoulou & Dopson (2018)の研究は、エグゼクティブコーチングの成果に関する最も包括的なシステマティックレビューとして位置付けられています。この研究では以下の方法でエビデンスが収集・分析されました:
研究方法の概要
- 2016年末までに発表された110の査読付き論文を初期スクリーニング
- 研究の独立性に関する問題や方法論的に不十分な研究を除外し、84の研究を詳細分析
- 質的・量的両方の研究を含む「解釈メタ合成」(Interpretation meta-synthesis)アプローチを採用
- 研究デザインの質、報告された成果、それらの成果に影響を与える要因を分析
レビューの主要な研究課題は以下の2点です:
- エグゼクティブコーチングの成果はどのように研究されているか、またその研究デザインの強みと弱みは何か
- エグゼクティブコーチングの成果について何が分かっており、文脈的要因がこれらの成果にどのように、またなぜ影響するのか
この研究は、単にコーチングの「効果」を検証するだけでなく、その効果が生じる「メカニズム」や「社会的コンテキスト」にも注目した点で画期的です。従来の研究レビューでは見落とされがちだったコーチングの社会的側面を考慮することの重要性を強調しています。
3. エグゼクティブコーチングの効果エビデンス
システマティックレビューによって明らかになったエグゼクティブコーチングの効果は、コーチー(個人)、組織、そしてコーチ自身にさまざまな形で現れています。
3.1 コーチー(個人)への効果
パーソナル開発の効果
- 自己認識の向上:自分自身の強みと弱みへの理解の深まり
- ストレスと不安の軽減:職場での課題に対処するための心理的レジリエンスの向上
- 自己管理とコントロールの改善:感情や行動のより良い制御能力
- 新しいスキルの習得:リーダーシップやコミュニケーションなどの能力の向上
- 仕事と生活の満足度向上:全体的なウェルビーイングの改善
- レジリエンスの強化:逆境や変化への対応力の向上
- タイムマネジメントの向上:より効率的な時間活用とプライオリティ設定能力
- 適応性と柔軟性の向上:変化する環境への対応力
- 目標設定の質と能力の向上:より明確で達成可能な目標の設定
対人関係の改善
エグゼクティブコーチングは、コーチーと他者との関係性にも大きな影響を与えています:
- リーダーシップスキルの向上:部下からより効果的なリーダーとして認識されるように
- 関係性の質の向上:同僚や部下とのより効果的な対話と関係構築
- 他者の育成・管理能力の向上:部下の成長を促進するスキルの向上
- チームプレイヤーとチームビルディングスキルの向上:協働の質の向上
- コミュニケーションスキルの向上:より明確かつ効果的な情報共有・対話の実現
仕事へのポジティブな影響
職場でのパフォーマンスや仕事への取り組みにも顕著な改善が見られます:
- 仕事のパフォーマンス・生産性の向上:業務の質と量の改善
- 仕事のパフォーマンスに影響する心理的変数の改善:自己効力感や自信の向上
- 組織への理解・適合・関連性・コミットメントの向上:より強い組織へのエンゲージメント
- アジェンダ設定スキルの向上:重要事項の優先順位付けの改善
- 職場での価値を感じる感覚の向上:貢献の認識と満足度の向上
- 部門横断的関係構築能力の向上:サイロを超えた協働の促進
- 職場でのウェルビーイングの向上:仕事における全体的な満足度と充実感の向上
3.2 組織への効果
個人レベルの成果に比べて、組織レベルの成果を直接測定した研究は少ないものの、以下のような間接的な組織効果が報告されています:
- 従業員満足度の向上による組織全体のエンゲージメント向上
- 生産性の向上による業績への好影響
- リーダーシップ有効性の向上による組織全体の方向性とビジョンの明確化
- コーチング文化の醸成による継続的学習と成長の促進
論文では、組織レベルでの効果についてさらなる研究の必要性が指摘されています。実際、レビューされた研究の中で組織レベルの成果のみに焦点を当てたものはわずか3件、コーチ、コーチー、組織の三者すべてに焦点を当てた研究は4件のみでした。
3.3 コーチへの効果
エグゼクティブコーチング研究ではあまり焦点が当てられていませんが、コーチ自身にも以下のような効果が報告されています:
- 介入へのコミットメントの引き出し:クライアントの変化に対する関与の深まり
- 自己実現感と充実感の経験:コーチとしての職業的満足度の向上
- 新たな知識の獲得とコーチスキルセットの向上:プロフェッショナルとしての成長
4. 社会的コンテキストの重要性
Athanasopoulou & Dopson (2018)の研究で特に重要な発見は、エグゼクティブコーチングの効果が社会的コンテキストによって大きく左右されるという点です。彼らは「目的地(成果)よりも旅(プロセス)」の重要性を強調しています。
なぜ社会的コンテキストが重要か
エグゼクティブコーチングは単なる個人の成長ではなく、「社会的プロセス」です。コーチ、コーチー、組織の三者間の複雑な相互作用が成果を左右します。コーチングが行われる「環境」、「関係性」、「タイミング」が効果を大きく左右するのです。
レビューによると、現行の研究の多くは社会的コンテキストを十分に考慮していません。110の研究のうち60件以上がコーチング成果とその社会的・空間的・時間的コンテキストとの相互関係を考慮していないという問題が指摘されています。
4.1 成果に影響を与える主な文脈的要因
システマティックレビューでは、以下のような文脈的要因がコーチングの効果に影響を与えることが明らかになりました:
介入に関する要因
- コーチングモデル:認知行動的アプローチ、解決志向型、ポジティブ心理学など
- クリティカル・モーメントの発生:介入中の重要な転換点や洞察
- パーソナリティ評価ツールの使用:MBTI、360度評価などの活用
- 介入の焦点と実施方法:目標設定、障壁の特定など
- 影響力戦術の使用:説得、専門性の示し方など
- 言語とコミュニケーション:効果的なフィードバックや質問の方法
- コーチングの設定、期間、手段:対面vsリモート、セッションの長さなど
組織に関する要因
- 組織からのサポート:上級管理職の支援や資源へのアクセス
- リーダーシップ開発へのコーチングの統合:戦略的な人材開発との連携
- 組織の規模と種類/業界:中小企業vs大企業、業界の特性
- 組織文化:学習文化、フィードバックの開放性など
コーチーに関する要因
- 個人的特性:経験への開放性、誠実性、自己認識、外向性、情緒的安定性など
- 期待:コーチングプロセスと結果に対する期待
- センスメイキング:コーチング経験の意味づけ方
- 学習スタイル:経験学習、反省的学習など個人の学習傾向
- コーチング前・中・後のモチベーション:変化に対する意欲の持続
- 職位:組織内での地位や権限の大きさ
コーチに関する要因
- コーチのバックグラウンド:経験、資格、専門分野など
- コーチの行動、スキル、能力と実践の質:適応力、共感性、質問技術など
関係性に関する要因
- コーチとコーチーの関係構築:信頼、誠実さ、尊敬など
- ステークホルダーの連携と協力:組織、上司、人事部門との調整
- コーチとコーチーの性別:同性・異性のダイナミクス
- 役割と期待の明確さ:プロセスと成果に関する共通認識
5. エグゼクティブコーチングの課題と実践上の注意点
エグゼクティブコーチングの8つのピットフォール
システマティックレビューでは、16の研究から8つの潜在的な課題が特定されています:
- コーチングが全員に効果的ではない:特に深刻な「エグゼクティブの問題行動」には効果が限定的
- 効果の定義者の問題:組織はビジネス成果を、コーチーは個人的成長を重視するギャップ
- コーチング経験への開放性の問題:コーチーが常にコーチングの価値を認識するとは限らない
- 目標設定の逆効果:難しすぎる目標設定や前提の低いモチベーションが仕事のパフォーマンスを低下させることも
- 投資効果への疑問:コーチング群と非コーチング群の間の行動変容の差に大きなばらつき
- コンテキストへの適合の課題:中小企業ではビジネス属性よりも個人的属性への影響が強い
- コーチのパフォーマンス測定の不足:コーチが自己のパフォーマンスを十分に測定・改善していない
- コーチングへの抵抗感への対処:一部のマネジャーはコーチングの重要性を認識しづらい
5.1 研究方法論上の課題
エグゼクティブコーチング研究には、以下のような方法論上の課題があります:
- 自己申告バイアス:コーチーやコーチによる成果の自己報告に依存した研究が多い
- 短期的成果への偏重:長期的な効果の持続性を検証した研究が少ない
- コモンメソッドバイアスとエンドジェネイティ:因果関係のモデリング不足
- 研究の独立性の問題:著者自身がコーチを務める研究の信頼性の問題
- 社会的文脈の欠如:多くの研究でコーチングの社会的要素を考慮していない
レビューでは、110の査読付き論文のうち約4分の1(24件)において、著者自身がコーチを務めているという研究独立性の問題が指摘されています。また、コーチの自己申告によるデータは、パフォーマンスの自己評価が実際よりも高くなる傾向があります(Kruger & Dunning, 1999; Peterson, 1993b)。
6. 今後の展望と研究課題
Athanasopoulou & Dopson (2018)は、エグゼクティブコーチング研究の今後のために、以下のような方向性を提案しています:
6.1 社会的コンテキストを考慮した研究の発展
エグゼクティブコーチング研究は「コーチングが効果があるか」という問いから「どのように、なぜ効果があるのか」という問いへと焦点をシフトする必要があります。これには以下のような研究アプローチが求められます:
- マルチレベル分析:ミクロ(個人)、メソ(グループ)、マクロ(組織)レベルを統合した研究
- 長期的効果の検証:コーチング後の数ヶ月・数年にわたる変化の追跡調査
- 質的研究と量的研究の融合:両アプローチの強みを活かした混合研究法
- ステークホルダー間の相互作用の研究:コーチ・コーチー・組織の三者関係の動態分析
6.2 実践への示唆
研究の知見は、エグゼクティブコーチングの実践においても重要な示唆をもたらします:
- コンテキストへの適応:組織文化、業界、コーチーのニーズに合わせたアプローチの調整
- ステークホルダーの積極的な関与:組織、上司、同僚などを適切に巻き込んだプロセス設計
- 多角的な成果測定:自己報告だけでなく、多様な視点からの成果評価
- 長期的な成果への配慮:コーチング終了後も継続的な支援やフォローアップの検討
- コーチングの「旅」の価値の認識:成果だけでなくプロセス自体の価値への注目
研究・実践の未来へのビジョン
「目的地(何が達成されたか)よりも旅(どのようにそこに至ったか)がより重要なのかもしれない」というコンセプトは、エグゼクティブコーチング研究の新しいパラダイムを示唆しています。コーチングの真の価値は、測定可能な成果だけでなく、その過程で生じる関係性、洞察、変容のプロセスにも存在するのです。
7. 結論
Athanasopoulou & Dopson (2018)のシステマティックレビューは、エグゼクティブコーチングの効果に関する現在の知見と限界について包括的な視点を提供しています。彼らの研究は、方法論的厳密性と文脈感度の両方がエグゼクティブコーチング研究において同等に重要であることを強調しています。
エグゼクティブコーチングは、個人のスキル向上、リーダーシップ能力の向上、職場パフォーマンスの改善など、コーチーに多様な効果をもたらします。また、間接的に組織にも好影響を与え、コーチ自身の専門的成長にも寄与します。
しかし、これらの効果は社会的真空状態で生じるわけではありません。コーチングの効果は、介入方法、組織環境、コーチーとコーチの特性、そして彼らの関係性といった多様な文脈的要因によって形作られます。したがって、エグゼクティブコーチングの研究と実践は、これらの複雑な相互作用を認識し、それに応じたアプローチを採用する必要があります。
今後の研究は、「コーチングが効果的か」という問いから「どのようなコンテキストで、誰に対して、どのようなメカニズムで効果を発揮するか」という、より洗練された問いへと進化する必要があります。そうすることで、エグゼクティブコーチングは、単なる流行の介入ではなく、確固たる理論的基盤と証拠に基づく実践を持つ専門分野として、さらに発展していくでしょう。
参考文献
- Athanasopoulou, A., & Dopson, S. (2018). A systematic review of executive coaching outcomes: Is it the journey or the destination that matters the most? The Leadership Quarterly, 29(1), 70-88.
- Armstrong, S.J. (2011). From the editors: Continuing our quest for meaningful impact on management practice. Academy of Management Learning & Education, 10, 181-187.
- Coutu, D., Kauffman, C., Charan, R., Peterson, D.B., Maccoby, M., Scoular, P.A., & Grant, A.M. (2009). HBR research report: What can coaches do for you? Harvard Business Review, 87(1), 91-97.
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- Theeboom, T., Beersma, B., & van Vianen, A.E.M. (2014). Does coaching work? A meta-analysis on the effects of coaching on individual level outcomes in an organizational context. The Journal of Positive Psychology, 9(1), 1-18.
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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