ビジネスコーチングの効果とは?

 

 

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経営学的視点から見たビジネスコーチングの効果:最新メタ分析に基づく科学的検証

 
ビジネスコーチング, 人材開発, エビデンスベース経営 人的資本経営 ウエルビーイング

本記事では、ビジネスコーチングの効果に関する最新の学術研究をまとめ、その有効性、理論的枠組み、そして効果を高める要因について解説します。複数のメタ分析研究に基づく科学的エビデンスを通じて、組織における効果的なコーチング実践への理解を深めていきます。


はじめに

近年、ビジネスコーチングは組織における人材開発の重要な手法として急速に普及しています。国際コーチング連盟(ICF)によると、コーチング業界は世界で年間20億ドル以上の市場規模を持ち、7万人を超えるコーチング専門家が活動しています(International Coaching Federation, 2020)。日本においても、リーダーシップ開発や組織変革の一環としてコーチングを導入する企業が増加傾向にあります。

しかし、このようなコーチングの人気とは対照的に、その効果を科学的に検証した研究は長らく限定的でした。「コーチングは効果があるのか?」「どのような場合に効果を発揮するのか?」「効果を高める要因は何か?」といった基本的な問いに対する明確な答えは、ここ10年ほどで徐々に蓄積されてきたところです。

本記事では、ビジネスコーチングに関する最新の学術研究、特に複数の実証研究を統合したメタ分析の結果に基づいて、ビジネスコーチングの効果とその要因について経営学的視点から解説します。具体的には、Gray et al.(2016)、Jones et al.(2016)、Theeboom et al.(2014)、Cannon-Bowers et al.(2023)などの重要なメタ分析研究を参照しながら、エビデンスに基づいたビジネスコーチングの理解を深めていきます。

本記事のポイント

  • ビジネスコーチングの学術的定義と他の開発手法との違い
  • コーチングを支える主要な理論的枠組み
  • メタ分析から見るビジネスコーチングの効果サイズと効果領域
  • 効果的なコーチングを実現する5つの要因
  • 現在のコーチング研究の限界と今後の方向性

ビジネスコーチングの定義と特徴

ビジネスコーチングの定義

ビジネスコーチングの定義は研究者によって微妙に異なりますが、広く引用されているのはGrant(2003)による以下の定義です:

「コーチングとは、コーチが非臨床的なクライアントの個人的・職業的な生活における経験向上や目標達成を促進する、結果志向の体系的なプロセスである」

より具体的に、Ting & Hart(2004)はビジネスコーチングを「クライエントとコーチが協働して、コーチーとその人のリーダーシップ開発課題を評価・理解し、現在の制約に挑戦しながら新たな可能性を探り、目標達成と継続的な発展のための説明責任とサポートを確保する、正式な関係」と定義しています。

ビジネスコーチングの特徴

Gray et al.(2016)の研究によると、ビジネスコーチングには以下のような特徴があります:

構造化された関係性

明確な目標と期間を設定した公式な関係として確立されている

目標達成志向

特定の業績向上や能力開発などの明確な目標に焦点を当てている

短期的・焦点的

特定の開発課題に焦点を当て、比較的短期間で実施される

非臨床的アプローチ

精神疾患などの治療ではなく、健常な人の可能性や能力の開発に焦点を当てる

メンタリングやカウンセリングとの違い

ビジネスコーチングは、メンタリングやカウンセリングなど似た概念と混同されることがありますが、Gray et al.(2016)によれば、これらには重要な違いがあります:

比較項目 ビジネスコーチング メンタリング カウンセリング
焦点 特定の開発課題 人全体の広い視点 問題解決や治療
期間 比較的短期的 長期的 問題解決まで
関係性 専門的、有償の活動 組織内での自発的活動 専門家による支援
コーチ/メンター/カウンセラーの役割 学習と成長の促進者 心理社会的サポート提供者 問題解決の専門家

Gray et al.(2016)は「コーチングとメンタリングの最も大きな違いは、コーチングがより短期的で特定の開発課題に焦点を当てているのに対し、メンタリングは人全体に対するより広い視点を持つことだ」と指摘しています。また、カウンセリングと異なり、コーチングはメンタルヘルス上の問題を抱える人々よりも、機能的な人々と働くことが多いとしています。

ビジネスコーチングの理論的枠組み

ビジネスコーチングの実践は様々な理論的枠組みに支えられています。Gray et al.(2016)によると、コーチング研究で明示的に使用されている主要な理論やコンセプトには以下のようなものがあります:

ビジネスコーチングの主要理論的枠組み

  • 1

    心理療法(Psychotherapy)

    Wasylyshyn, Gronsky, & Hass(2006)らの研究にみられるように、心理療法の原則と技術がコーチングに応用されている

  • 2

    認知行動療法(Cognitive Behaviour Therapy)

    Cleary & Zimmerman(2004)の研究で示されるように、思考パターンと行動変容の関連性に焦点を当てた認知行動的アプローチ

  • 3

    自己効力感向上アプローチ(Self-efficacy)

    Baron & Morin(2010), Evers, Brouwers, & Tomic(2006)らの研究において、コーチングを通じた自己効力感の向上が重視されている

  • 4

    マインドフルネス(Mindfulness)

    Spence, Cavanagh, & Grant(2008)の研究に見られる、現在の瞬間に対する注意と意識に焦点を当てたアプローチ

  • 5

    リーダーシップ理論(Leadership)

    Konczak, Stelly, & Trusty(2000), Levy, Cober, & Miller(2002)らの研究における、リーダーシップ開発を目的としたコーチング

  • 6

    アクションラーニング(Action Learning)

    Douglas & McCauley(1999)の研究にみられる、実践を通じた学習を促進するアプローチ

  • 7

    説得的コミュニケーション理論(Persuasive Communication)

    Blackman(2008, 2010)の研究による、態度や行動変容のための説得コミュニケーション理論の応用

Cox et al.(2014)は、成人学習理論もコーチング実践に大きな可能性を提供すると主張しています。これらの理論は、コーチングの実践においてしばしば相補的に使用されており、一つの理論だけでなく複数の理論的アプローチの混合が見られることが多いです。

プロセス型とゴール設定型:二つの主要アプローチ

Cannon-Bowers et al.(2023)の研究によると、コーチングの理論的基盤は大きく2つのアプローチに分類できます:

1. プロセス/ファシリテーション型アプローチ

ポジティブ心理学に直接的なルーツを持ち、アプリシエイティブ・インクワイアリー(appreciative inquiry)やカウンセリング技法などを含むファシリテーションプロセスとしてコーチングを位置づける

「コーチの役割は、アクティブかつ共感的な傾聴、ソクラテス式質問、明確化を提供し、クライアントが個人的・専門的目標達成を妨げる障壁を取り除くのを支援することである」(Vandaveer et al., 2016)

2. ゴール設定/結果志向型アプローチ

目標設定と目標達成に焦点を当て、持続的な行動変容を実現するための行動計画と説明責任の仕組みを重視する

「コーチの役割は、クライアントが目標を明確に定義し、目標達成のための具体的な行動計画を立て、目標に向けた進捗に対して説明責任を持つメカニズムを設定するのを支援することである」(Grant, 2022)

これら2つのアプローチは必ずしも相互排他的ではなく、多くのコーチングセッションでは両方の要素を含むことがあります。Cannon-Bowers et al.(2023)のメタ分析では、理論的アプローチの違いによる効果の差は見られませんでした(プロセス型g=0.45、ゴール設定型g=0.39、有意差なし)。

理論的多様性と統合的アプローチ

Gray et al.(2016)は「この理論的アプローチの多様性は、カウンセリング文献からの概念や心理学的モデルとメンタリング、トレーニングの実践から多くを引き出している、より広いコーチング分野を反映している」と述べています。コーチング実践の効果を高めるためには、単一の理論に固執するのではなく、クライアントのニーズや状況に応じた統合的アプローチを取ることが重要であると示唆しています。

ビジネスコーチングの効果(メタ分析結果)

ビジネスコーチングの効果については、複数のメタ分析研究によって実証的エビデンスが蓄積されてきました。これらのメタ分析は、個別研究の結果を統計的に統合することで、より信頼性の高い効果推定を可能にします。

Theeboom et al.(2014)のメタ分析結果

18の研究を対象にしたTheeboom et al.(2014)のメタ分析は、コーチングの効果を5つの主要カテゴリーに分けて分析しました。効果サイズはHedges’ gで表され、一般的にg=0.2は小さい効果、g=0.5は中程度の効果、g=0.8は大きい効果と解釈されます。

効果カテゴリー別の効果サイズ(Hedges’ g)

効果カテゴリー 効果サイズ(g) 95%信頼区間 解釈
パフォーマンス/スキル 0.60 0.04–0.60 中程度の効果
ウェルビーイング 0.46 0.28–0.62 中程度の効果
コーピング 0.43 0.25–0.61 中程度の効果
ワークアティテュード 0.54 0.34–0.73 中程度の効果
ゴール指向的自己調整 0.74 0.42–1.06 中〜大の効果
総合効果 0.66 0.39–0.93 中〜大の効果

Theeboom et al.(2014)の研究では、ビジネスコーチングは全てのカテゴリーで有意な正の効果を示しましたが、特に「ゴール指向的自己調整」での効果が最も大きいことがわかります。この結果は、コーチングが目標設定や目標達成のプロセスを特に強化する可能性を示唆しています。

Jones et al.(2016)のメタ分析結果

Jones et al.(2016)は17の研究を対象に、Kraiger et al.(1993)のトレーニング効果の枠組みに基づいてコーチング効果を分析しました。彼らは効果カテゴリーを情意(affective)、認知(cognitive)、スキル(skill-based)、結果(results)に分類しています。

彼らの分析でも、コーチングは全体として中程度の効果を示しました。特に、内部コーチ(組織内部のコーチ)は外部コーチよりも効果が高い傾向にあることを発見しています。また、対面とバーチャル・混合型コーチングの間に有意な効果の差は見られませんでした。

Cannon-Bowers et al.(2023)の最新メタ分析

最新のメタ分析であるCannon-Bowers et al.(2023)は、2018年以降に発表された職場でのコーチング研究11件を分析しました。この研究でも総合的な効果サイズはg=0.44(95%CI: 0.31–0.57)と、中程度の正の効果が示されました。

興味深いことに、Cannon-Bowersらの研究では、以下のような重要な発見がありました:

  • コーチングの理論的アプローチ(プロセス型vsゴール設定型)による効果の差はない
  • 対面コーチング(g=0.48)とバーチャルコーチング(g=0.35)の間に有意な効果の差はない
  • コーチングセッションの回数や総時間は効果と有意な関連がない
  • 評価者の違いによる効果:上司評価(g=0.50)と自己評価(g=0.41)は有意な効果を示したが、部下評価(g=0.24)は有意でなかった

メタ分析から見るビジネスコーチングの効果性

複数のメタ分析研究から明らかになってきたことは、ビジネスコーチングが中程度の効果サイズ(g=0.44〜0.66)で一貫して効果を示していることです。効果は様々なアウトカム(パフォーマンス、ウェルビーイング、コーピング能力など)で確認され、コーチングのセッション数や形式(対面・バーチャル)による効果の差は小さいことがわかってきました。これらの結果は、ビジネスコーチングが多様な文脈で有効な開発手法であることを示唆しています。

効果的なコーチングの要因

Gray et al.(2016)の包括的なレビューによると、効果的なコーチングに貢献する要因は、大きく5つのカテゴリーに分類できます:コーチの特性、コーチーの特性、コーチ-コーチー関係、コーチングプロセス、組織的要因です。

コーチの特性

効果的なコーチの特性や能力について、Gray et al.(2016)は111の研究から以下の4つの主要テーマを特定しています:

1. 誠実性(Integrity)

  • 信頼性(Trustworthiness)
  • 機密保持(Confidentiality)
  • 倫理的行動(Ethical behavior)

関連研究:Blattner, 2005; Judge & Cowell, 1997; Kombarakaran et al., 2008

2. クライエントへのサポート(Support)

  • 共感(Empathy)
  • 非批判的態度(Non-judgmental)
  • 広い視野の提供(Broader perspective)

関連研究:De Haan et al., 2011; Gregory & Levy, 2011; Blackman, 2010

3. コミュニケーションスキル(Communication)

  • 明確なパフォーマンス期待の提示
  • 詳細で定期的なフィードバック
  • アクティブリスニング

関連研究:Graham et al., 1994; Longenecker, 2010; Rekalde et al., 2015

4. 信頼性(Credibility)

  • 関連業界の専門知識
  • コーチング経験・スキル
  • 外部コーチの場合に効果増大

関連研究:Gray et al., 2016; Blackman et al., 2010

クライエントの特性

コーチーについてはコーチほど研究されていませんが、Gray et al.(2016)は以下の特性が効果的なコーチングと関連していることを指摘しています:

  • モチベーション:投資する努力量と変化に対するオープンな態度(Audet & Couteret, 2012)
  • 自己効力感:コーチングからの成果と密接に関連(Baron & Morin, 2010; Bozer et al., 2013)
  • コミットメント:プロセスに十分な時間と労力を投資する意欲(Blackman, 2006)

ただし、Gray et al.(2016)は、「コーチーの型による違い、例えばリーダーか一般社員か、ベテランか新人かといった違いによって、コーチングの効果に顕著な差があるというエビデンスはなかった」と指摘しています。

コーチ-クライエント関係

コーチとコーチーの関係性について、Gray et al.(2016)のレビューでは2つの重要なテーマが浮かび上がりました:

  1. コーチとクライエントの適切なマッチング

    コーチングの成功には、コーチとコーチーの良好なマッチングが重要。コーチはコーチーの特性、ニーズ、好みを理解し、適切に対応する必要がある

  2. 個別化されたプログラム

    クライエントは、コーチが個別の状況やニーズに合わせたプログラムを開発した場合に、より良い結果が得られると考えている

コーチングプロセスの特徴

効果的なコーチングプロセスには、以下の要素が含まれることが研究から示されています(Gray et al., 2016):

明確な目標設定

コーチングの初期段階で明確な目標を設定することが効果的なプロセスの基盤となる

強み/弱みへの洞察提供

コーチーの強みと弱みについての洞察と、それに基づく具体的な行動計画

定期的コミュニケーション

コーチとコーチーの間の定期的で一貫したコミュニケーションと継続的なフィードバック

長期的視点

短期的な成果だけでなく、長期的な成長と発展を視野に入れたプロセス設計

継続的学習

コーチングを単なるイベントではなく継続的な学習プロセスとして位置づける

進捗の評価・調整

プロセス中の定期的なプログラム評価と必要に応じた調整

組織的要因

Gray et al.(2016)によると、組織的文脈もコーチングの効果に重要な影響を与えます:

組織が効果的なコーチングのために必要な要素:

  • 目標の整合性:個人目標と組織目標の調整
  • コーチーへのサポート:コーチングプロセス中のコーチーへの組織的支援
  • 経営幹部のコミットメント:コーチングプログラムへの上層部の支持
  • 評価的環境:コーチングの価値を認め、サポートする組織文化

「コーチーの雇用組織はコーチングの目標と結果に対する責任を共有する必要がある」(Gray et al., 2016)

効果的なコーチング:多面的な視点の重要性

研究結果から、効果的なコーチングは単一の要因ではなく、コーチの特性、コーチーの特性、両者の関係性、コーチングプロセスの質、そして組織的サポートといった複数の要因が組み合わさった結果であることが明らかになっています。これらの要素を統合的に考慮することが、ビジネスコーチングの成功には不可欠です。

研究の限界と今後の課題

ビジネスコーチングに関する研究は大きく進展していますが、Gray et al.(2016)とCannon-Bowers et al.(2023)の両研究は、現在の研究には重要な限界と課題が残されていると指摘しています。

現在の研究の主な限界

1. 主観的自己評価への依存

「これらの結論はほとんど完全に、コーチング体験中および/または直後に行われた参加者評価に基づいている。知覚された、あるいは主観的な有効性は、コーチーの態度や行動の実際の変化のための重要な前提条件である可能性があるが、この関係の性質や範囲を示すエビデンスはほとんどない」(Gray et al., 2016)

Theeboom et al.(2014)も「自己報告に大きく依存していることと対照群の欠如は、コーチングとアウトカムを明確に結びつけることが難しいことを示唆している」と指摘しています。

2. コーチとクライアントに関する情報の不足

Cannon-Bowers et al.(2023)は「研究の中でコーチの認定(ICFなど)に関する情報がほとんど含まれていない」「コーチングクライアントの性質についてもほとんど情報が報告されていない」と指摘しています。これらの情報がなければ、コーチの質や、どのようなクライアントに対してコーチングが効果的かを判断することが難しくなります。

3. コーチング介入の詳細な記述の不足

「将来の研究者たちは、コーチングアプローチの詳細を含めることで、この分野に大きな貢献をするだろう。これにより、アプローチ間の類似点と相違点をより理解し、特定のアウトカムとより適切に関連付けることができる」(Cannon-Bowers et al., 2023)

4. 組織的な結果(ROI)に関する研究の不足

「Jonesらと同様に、私たちの分析に含まれた研究の中で、結果レベルのアウトカムを使用したものは一つもなかった。コーチングが組織的介入として歴史の中で重要な位置を占めるこの時点で、コーチングの結果として組織的成果への肯定的な影響を確立することが研究にとって重要である。これなしでは、コーチングへの継続的な投資を正当化するための費用便益分析を実施することは不可能である」(Cannon-Bowers et al., 2023)

5. 長期的効果に関する研究の不足

「長期的な効果を評価した研究はほとんどなく、コーチングの効果がどの程度持続するかについての知見は限られている」(Gray et al., 2016)

今後の研究への提言

これらの限界を踏まえ、Cannon-Bowers et al.(2023)とGray et al.(2016)は以下の提言をしています:

  1. 標準化されたコーチングアプローチの分類法の開発

    コーチングの戦略と技術を標準化して分類し、特定のクライアント、状況、目的に対してどの介入が最適かを理解する助けとなる

  2. 理論的枠組みに基づくアウトカム研究

    コーチングによって影響を受けると予想されるアウトカムと、特定の要素や特定のコーチングアプローチによって変化すると予想されるアウトカムについて理論的枠組みを使用した研究

  3. クライアント中心の視点

    クライアントの目標と一致しているかどうかなど、より外部的妥当性の高いアウトカムを示す必要がある

  4. 特定のスキルや成果に焦点を当てたコーチング研究

    コンフリクト解決やリーダーシップなど、特定のスキルセットに焦点を当てたコーチング研究

  5. 組織的成果指標の導入

    ROIを含む組織レベルでの結果への影響を測定する研究の拡大

  6. 長期的効果の検証

    コーチング終了後の長期的な効果を検証する追跡調査の実施

ビジネスコーチング研究の発展に向けて

ビジネスコーチングは実践面での普及が急速に進んでいる一方で、その科学的検証はまだ発展途上にあります。今後は、より厳密な研究デザイン、標準化された介入手法、客観的・長期的なアウトカム評価を通じて、「何が、誰に、どのように機能するのか」についてより精緻な理解を深めていくことが求められています。

まとめ

本記事では、ビジネスコーチングに関する最新のメタ分析研究をもとに、その定義、理論的枠組み、効果、効果的な実践の要因、そして研究の限界と課題について考察してきました。主な知見をまとめると:

ビジネスコーチングに関する主要知見

  1. 科学的に実証された効果複数のメタ分析研究により、ビジネスコーチングは様々なアウトカム(パフォーマンス、ウェルビーイング、コーピング、ワークアティテュード、ゴール指向的自己調整)において中程度の正の効果(g=0.44〜0.66)を持つことが科学的に実証されています。
  2. 多様な理論的基盤ビジネスコーチングは心理療法、認知行動療法、自己効力感理論、マインドフルネス、リーダーシップ理論など多様な理論的枠組みに支えられており、プロセス型とゴール設定型の2つの主要アプローチに大別できますが、効果の違いは認められていません。
  3. 効果を高める多面的要因効果的なコーチングは、コーチの特性(誠実性、サポート力、コミュニケーションスキル、信頼性)、コーチーの特性(モチベーション、自己効力感)、両者の関係性、コーチングプロセスの質、そして組織的サポートといった複数の要因が組み合わさった結果であることが明らかになっています。
  4. 実践形態による効果の差は小さい対面コーチングとバーチャルコーチング、セッション数や時間の長さによる効果の差は小さく、様々な実践形態でコーチングが効果を発揮できることが示されています。
  5. 研究の限界と今後の発展現在の研究は主に自己報告に依存しており、コーチ・クライアントの詳細情報や介入内容の詳細な記述、組織的成果や長期的効果の検証に課題が残されています。今後はより精緻な研究デザインと評価方法の開発が期待されています。

これらの知見は、組織においてビジネスコーチングを効果的に活用するための重要な示唆を提供しています。コーチングは「魔法の杖」ではありませんが、適切に実施されれば、個人のパフォーマンス向上からウェルビーイング改善、目標達成能力の強化まで、様々な領域で効果を発揮する可能性を持っています。

同時に、ビジネスコーチングの科学はまだ発展途上にあることを認識し、「何が、誰に、どのように機能するのか」についてより精緻な理解を深める継続的な研究が必要です。組織がコーチングに多額の投資を行う今日、その効果を最大化するためのエビデンスベースの指針が一層重要になっています。

ビジネスコーチングの実践者と研究者が協働して、この分野の科学的基盤をさらに強化していくことが期待されます。

参考文献

Blackman, A., Moscardo, G., & Gray, D. E. (2016). Challenges for the theory and practice of business coaching: A systematic review of empirical evidence. Human Resource Development Review, 15(4), 459-486.

Cannon-Bowers, J. A., Bowers, C. A., Carlson, C. E., Doherty, S. L., Evans, J., & Hall, J. (2023). Workplace coaching: A meta-analysis and recommendations for advancing the science of coaching. Frontiers in Psychology, 14, 1204166.

Cox, E., Bachkirova, T., & Clutterbuck, D. (2014). Theoretical traditions and coaching genres: Mapping the territory. Advances in Developing Human Resources, 16(2), 139-160.

Grant, A. M. (2003). The impact of life coaching on goal attainment, metacognition and mental health. Social Behavior and Personality: An International Journal, 31(3), 253-263.

Jones, R. J., Woods, S. A., & Guillaume, Y. R. (2016). The effectiveness of workplace coaching: A meta‐analysis of learning and performance outcomes from coaching. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 89(2), 249-277.

Theeboom, T., Beersma, B., & van Vianen, A. E. (2014). Does coaching work? A meta-analysis on the effects of coaching on individual level outcomes in an organizational context. The Journal of Positive Psychology, 9(1), 1-18.

Ting, S., & Hart, E. W. (2004). Formal coaching. In C. D. McCauley & E. Van Velsor (Eds.), The Center for Creative Leadership handbook of leadership development (pp. 116–150). San Francisco, CA: Jossey-Bass.

Vandaveer, V. V., Lowman, R. L., Pearlman, K., & Brannick, J. P. (2016). A practice analysis of coaching psychology: Toward a foundational competency model. Consulting Psychology Journal: Practice and Research, 68(2), 118-142.

 

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本記事は学術的エビデンスに基づく情報提供を目的としています。

 

投稿者プロフィール

徳吉陽河
徳吉陽河
徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。

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