ジャーニー(旅)を活かした「コーチング心理学」 〜観光学の知見に学ぶ、人生の旅を支援する技術〜
ジャーニー(旅)を活かした「コーチング心理学」
〜観光学の知見に学ぶ、人生の旅を支援する技術〜

カテゴリ:コーチング・ポジティブ心理学・組織開発・観光学・旅・ジャーニー
「目標を達成させること」だけに意識を向けすぎると、かえってクライアントや部下の成長を止めてしまう——そんな逆説を感じたことはないでしょうか。実は、この問いに一つの手がかりを与えてくれるのが、観光学における「ツアーガイド研究」です。優れたツアーガイドは、単に目的地まで人を案内する人ではなく、参加者の内面の変容を支える「媒介者」として機能していることが、近年の学術研究で明らかになってきています。本記事では、この観光学の知見とコーチング理論を橋渡ししながら、「目的地(成果)」ではなく「旅(プロセス)」を支えるコーチングのあり方を、専門的な研究知見を交えてわかりやすく解説します。
想像してみてください。今のあなたは、長い人生という旅の途中にいます。時にモヤモヤしたり、迷ったり、自分に自信が持てなくなったりすることもあるでしょう。でも、それは旅につきものの、ごく自然な一場面です。コーチング心理学は、そんなあなたの旅にそっと寄り添い、伴走し、信じて励ます「ガイド」のような存在なのです。
🧭 あなたの人生という旅の地図 まだ見たことがない未開地に導くコーチング心理学を目指して

人生という旅路を、5つの「ゾーン」として描いてみましょう。どのゾーンも、旅に欠かせない大切な景色です。
| ゾーン | どんな場所か |
| 出発点:今のあなた | すべての旅は、ここから始まる |
| 🌲 森ゾーン(自己理解) | 自分を知ることで、安心して進める |
| 🪨 試練ゾーン(壁や課題) | つまずきや悩みも、成長のチャンス。大丈夫、乗り越えられる |
| 💡 ひらめきゾーン(気づき・学び) | 新しい視点や選択肢に出会える |
| 🤝 つながりゾーン(支え合い) | 信頼できる人との関わりが、あなたを支える |
| 🏔️ 目的地:なりたい自分 | 豊かで、意味のある人生へ |
| ✨ 良いガイドが大切にする5つのこと
🗺️ 地図を描く:目標や価値観を明確にする 🧭 ルートを一緒に考える:あなたの強みや資源を活かした、オリジナルの道を探す 👣 節目を確認する:小さな成功を見つけ、自信につなげる 📷 寄り道も大切に:気づきや学びを楽しむ 🎒 必要な道具を持つ:心理学の知恵やスキルを活用する |
| 🌿 プロセスを楽しむことが、最高の思い出になる
📷 小さな喜びを味わう 📝 学びを振り返る 🎶 出会いや経験を楽しむ ❤️ 自分をいたわる |
普段は行けない領域へ、あなたを導いてくれる——それが「ツアーガイド的コーチング心理学」です。あなたの人生は、かけがえのない旅。ここからは、なぜこうした「旅を支えるガイド」としての関わりが効果的なのか、観光学とコーチング心理学の研究知見から、その理由をひも解いていきます。
1. 「目的地」への執着が引き起こすリスク
成果だけを厳しく管理するアプローチには、見落とされがちな落とし穴があります。目標達成の瞬間だけに焦点を当てすぎると、そこに至るまでの「学びのプロセス」が軽視され、結果として、目標を達成した後の燃え尽きや、次の挑戦への意欲低下を招きやすくなるのです。これは個人だけでなく、組織の持続的な学習能力そのものを損なうリスクでもあります。
この課題に対する一つの答えが、コーチングの主眼を「結果の管理」から「プロセスにおける意味づけ」へとシフトさせる、いわば「旅志向コーチング」という考え方です。この視点を補強するのが、観光研究とコーチング研究の学術的な統合です。ツアーガイドとコーチは、一見まったく異なる職業に見えますが、どちらも「人の変容を支える媒介者」という役割を共有しているのです。
2. ツアーガイドとコーチを繋ぐ共通原理
4つの領域が指し示す一つの役割
観光・医療・スポーツ・教育——一見すると互いに無関係に思えるこれら4つの領域の研究を重ね合わせると、興味深い共通点が浮かび上がります。それぞれの領域で「支援する人」に求められている役割が、突き詰めると同じ「媒介者(ブローカー)」という一点に収束していくのです。成果への執着から離れ、実践の過程(旅)と社会的な文脈に注目することで、持続的な変化が生まれるという指摘(Athanasopoulou & Dopson, 2018)や、ガイドは単なる情報提供者ではなく自己発達と意味生成を促す「ブローカー」であるという指摘(Parsons et al., 2019)は、この収束を裏づけています。
① 事前のコンテクスト分析(下見の思想)
優れたツアーガイドは、旅の前に現地の気象や地形、文化的背景を入念に下見して熟知しています。同じように、プロフェッショナルなコーチにも、セッションの前にクライアントが置かれている社会的・組織的な文脈を深く理解しようとする姿勢が求められます。研究者のAthanasopoulou氏とDopson氏(2018年)も、コーチングの成果は、こうした「旅」の質、つまり社会的文脈への配慮に大きく左右されると指摘しています。ガイドにとっての「下見」に相当するこの事前分析こそが、支援の精度を左右する重要な要素なのです。
② 「教える人」から「自己効力感を引き出す人」への転換
研究者のParsons氏ら(2019年)は、ガイドの核心的な機能を「自己発達のブローカー(仲介者)」であると位置づけています。これは、知識を一方的に伝えるのではなく、参加者が自分自身の体験から独自の意味を見出すプロセスを橋渡しする役割です。King氏ら(2023年)の研究でも、専門家が「指示する人」から「促進する人」へと役割を転換することで、相手のエンゲージメントや自己効力感が明確に高まることが確認されています。
表:パラダイムの転換——「教える人」から「導く・促す人」へ
| 軸 | 旧パラダイム(ティーチング寄り) | 新パラダイム(ガイド寄り) |
| 役割 | 専門家・トレーナー | 協働的ガイド・ファシリテーター・媒介者 |
| 焦点 | 事前に計画された目的地(成果) | 旅が始まってから現れる方向性(過程) |
| 空間 | 指導と修正の場 | 安全で主題化された経験空間 |
| 成果 | 課題の達成とスキルの獲得 | 自己発達、アイデンティティ形成、意味生成 |
(出典:King et al., 2023; Lascu et al., 2024)
③ 「Guide Plus」モデル:変容を支える4つの役割
心理学者のCohen氏(1985年)が提唱した古典的な枠組みから進化し、現代の媒介者には「情報提供を超えた」役割が求められることが分かってきています(Albrecht et al., 2021)。ここから、コーチにも応用できる4つの役割が見えてきます。
| 役割 | ガイドとしての機能 | コーチングにおける意味 |
| 道具的・社会的指導者 | 安全な環境を設計し、探索に集中できる土台をつくる | 心理的安全性を築き、内的リソースを引き出す |
| 文化的・コミュニケーション媒介者 | 複雑な状況を参加者自身の文脈に翻訳する | 自己理解を深め、アイデンティティの再構成を助ける |
| ストーリーテラー | 散在する体験を一つの物語として統合する | 経験に意味づけを与え、変容への没入感を高める |
| 経験共創者 | 答えを提示せず、その場の気づきを共に生み出す | 対話を通じて内発的な動機づけを最大化する |
3. ジャーニー(旅)志向コーチングを支える5つの核心技法

ここまでの理論を、日々の実践に落とし込むための具体的な技法として整理したのが、以下の表です。観光学の知見が、そのままコーチングの現場で使える技法へと翻訳できることが分かります。5つの技法は、旅の「前・中・後」という時間軸に沿って配置すると理解しやすくなります。
| フェーズ | 核心技法 | コーチングへの翻訳 |
| 旅の前(準備) | ① 場づくり | 心理的安全性を担保した対話の枠組みを契約によって構築する |
| 旅の中(没入と行動) | ② ストーリーテリング | ナラティブを通じてバラバラの経験をつなぎ、新たな自己像を構築する(Boyatzis et al., 2022) |
| 旅の中(没入と行動) | ③ メタファー | 「旅」の比喩でプロセス自体を動機づけの源泉にする |
| 旅の中(没入と行動) | ④ 内省 | 既存の前提を問い直し、対話と実験による深い学習を促す |
| 旅の後(統合) | ⑤ 転移 | セッション外での実践を設計し、日常への行動変容を定着させる |
| 💡 なぜ「旅」の比喩に効果があるのか
心理学者のHuang氏とAaker氏(2019年)は、1,600人以上を対象とした6つの独立した研究を通じて、目標を「目的地(到達点)」ではなく「旅(プロセス)」として捉えることで、目標達成後も成長している実感が持続し、行動の継続につながることを示しました。 これは単なる言葉のあやではなく、達成後の「燃え尽き」を防ぐための、根拠のある心理的アプローチだと言えます。 |
4. 現場での実証:スポーツ・医療分野からの示唆
この「旅志向」のアプローチは、コーチングに限らず、多様な人材育成の現場でその効果が確認されています。
- 青年スポーツ:自律性を尊重し、強みに着目した関わりが若者の自己決定力を高め、競技力の向上だけでなく、スポーツで得た力を日常生活へ「転移」させるプロセスとして評価されています(Newman氏ら、2021年)。
- 医学教育:コーチング的な支援は、研修医が自らの専門性への自覚(プロフェッショナル・アイデンティティ)を形成する助けとなり、レジリエンスやウェルビーイングの向上に直接的に寄与することが、複数の研究をまとめたレビューで示されています(Seth氏ら、2025年)。
- 養護施設:若者主導の体験型アプローチが、自己決定スキルの習得と、不安定になりやすい移行期における目標達成を直接的に促すことが報告されています(Powers氏ら、2018年)。
5. 「教えない」だけが正解ではない——非指示型アプローチの再考

コーチングの世界では「教えない」「答えを与えない」という姿勢が理想とされがちですが、これが常に最善とは限りません。特に、キャリアの転機など不安定な状況にあるクライアントに対しては、純粋な非指示型アプローチがかえって不安を強めてしまうこともあります。Steyn氏とBarnard氏(2024年)の研究は、適切なタイミングで「今、全体としてどのあたりを進んでいるか」という見取り図を示すことが、クライアントに安心感を与え、経験の整理を助けることを明らかにしています。優れたコーチには、純粋な問いかけと、必要な情報提供とを戦略的に使い分ける柔軟性が求められるのです。相手が置かれている組織文化や共同体の文脈に対して深い好奇心を持ち、柔軟に適応する姿勢も欠かせません。
6. 統合モデル:「旅を支えるコーチング設計」
ここまでの知見を一つの実践モデルとして統合すると、コーチングは「環境構築」「介入」「定着」という3つの層が、中心にある「自己決定権」を軸に循環する構造として描くことができます。
| 層 | 内容 |
| 環境構築 | 安全な場の設定と契約——旅の前提となる心理的安全性をつくる |
| 介入 | 聴く・問う・語らせる——メタファーとナラティブを活用し、旅の中で伴走する |
| 定着 | 内省からの抽出と日常への転移——旅の後、変化を生活に根づかせる |
この3層構造の中心にあるのは、常にクライアント自身の「自己決定権」です。コーチの役割は、旅の歩みそのものを管理することではありません。この循環を回し続け、相手が自律的に自分の旅を進めるための「媒介」であり続けることこそが、コーチングという営みの本質だと言えるでしょう。
8. まとめ:主体的な旅を支える媒介者として
優れたツアーガイドが旅そのものを豊かにするように、コーチはクライアントの人生を豊かにする体験をデザインする存在です。コーチングの本質的な価値は、目的地(成果)そのものを管理することではなく、場づくり・ストーリーテリング・内省・日常への転移といった要素を丁寧に設計し、クライアントを「自分自身の人生という旅の主体」として支えることにあります。
「コーチングとは目的地に連れて行くことではない。相手が自分自身の旅の主体になるのを、媒介することである」——今日、あなたは目の前の人の旅を、どう支えますか。この視点を、ぜひ明日からのセッションやマネジメントの実践に取り入れてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 「Journey(旅)志向コーチング」は、どんな流派のコーチングにも応用できますか?
はい。目標達成型のコーチングだけでなく、ナラティブコーチングや強み中心のアプローチなど、クライアントの主体性を尊重する手法全般に応用できます。「場づくり」「ストーリーテリング」「メタファー」「内省」「転移」という5つの技法は、多くの流派に共通する基盤として機能します。
Q2. 「教えない」姿勢と「情報を示す」姿勢は、どう使い分ければよいですか?
クライアントが安定した状況にあるときは非指示型の問いかけを中心にしつつ、キャリアの転機など不安定な状況では、全体の見取り図を示すことで安心感を提供するとよいでしょう。状況に応じて両者を柔軟に使い分ける判断力が、プロフェッショナルとしての力量を左右します。
Q3. この考え方を導入する際に、特に注意すべき点は何ですか?
良い理論であっても、常にその限界を問い続ける姿勢が欠かせません。特にメンタルヘルスに関わる可能性がある場面では、コーチングと心理療法の境界を意識し、必要に応じて専門家への橋渡しを検討する慎重さが重要です。手法を無条件に良いものとして受け入れず、専門的な学び直し(スーパービジョン)を継続することをおすすめします。
キーワード
コーチング, ポジティブ心理学, ツアーガイド研究, 観光学, 旅志向コーチング, Guide Plusモデル, ナラティブコーチング, 心理的安全性, 自己効力感, 自己決定権, パラダイムシフト, 組織開発, レジリエンス, 人材育成
参考文献:Athanasopoulou & Dopson (2018) / Parsons et al. (2019) / King et al. (2023) / Lascu et al. (2024) / Cohen (1985) / Albrecht et al. (2021) / Boyatzis et al. (2022) / Huang & Aaker (2019) / Thompson (2021) / Pastushuk (2025) / Newman et al. (2021) / Seth et al. (2025) / Powers et al. (2018) / Steyn & Barnard (2024) / Cushion (2018) / Aboujaoude (2020) / Watts et al. (2021)
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』翻訳書『Tomorrowmind日本語版 これからの生き方』『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。







