ナラティブコーチングを活用した発達障害支援とは
ナラティブコーチングを活用した発達障害支援とは
〜その人らしい「物語」を一緒に紡ぐ、新しいアプローチ〜
「どうせ自分なんて」「また失敗した」——発達障害のある方が、自分自身についてこんなふうに語るとき、その言葉の裏には長年積み重ねてきた挫折の物語が隠れています。
でも、もし「あなたの物語はそれだけではない」と丁寧に問いかけてもらえたら、どうでしょうか?
ナラティブコーチングは、まさにその「問いかけ」を専門的に行うアプローチです。本記事では、発達障害支援におけるナラティブコーチングの意味・実践方法・効果について、わかりやすく解説します。
1. ナラティブコーチングとは何か
● 「ナラティブ」とはどういう意味?
「ナラティブ(narrative)」とは、日本語で「物語」「語り」を意味します。
私たちは日々、自分の経験に意味をつけながら生きています。「私はこういう人間だ」「こんなことがあったから今の自分がある」という自己の物語を無意識のうちに作り上げているのです。
この「自分物語」は、自己肯定感や行動パターン、他者との関係性に大きく影響します。そしてナラティブコーチングは、その物語に意識的に働きかけることで、人の変容を支援するアプローチです。
● コーチングとは何が違うの?
一般的なコーチングは、目標設定・行動計画・振り返りのサイクルを重視します。一方、ナラティブコーチングは「問題の外在化」と「物語の書き換え(リオーサリング)」に重点を置いています。
| 💡 ポイント
通常のコーチング:「どんな目標を達成したいですか?」 ナラティブコーチング:「その経験を、あなたはどんな物語として語っていますか?」 → 問いかけの深さと方向性が根本的に異なります。 |
● ナラティブセラピーとの関係
ナラティブコーチングは、マイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンが開発した「ナラティブセラピー(物語療法)」の理論を基盤にしながら、コーチングの実践的なアプローチを組み合わせたものです。
セラピーよりも「日常の強化・成長」に焦点を当て、医療機関でなくても実践しやすいのが特徴です。
2. 発達障害のある方が抱えやすい「問題の物語」
● 繰り返される「失敗の物語」
ADHD(注意欠如・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)などの発達障害のある方は、幼いころから学校や職場で「できないこと」に焦点を当てられてきたケースが少なくありません。
その結果、次のような「支配的な物語(ドミナントストーリー)」が心の中に刷り込まれてしまいます。
- 「私は普通のことができない人間だ」
- 「努力しても無駄だ、どうせ失敗する」
- 「周りに迷惑をかけてしまう存在だ」
- 「自分には価値がない」
● 「問題がその人の本質」になってしまう悲劇
支配的な物語が強くなると、「問題=その人そのもの」という見方が定着してしまいます。本人だけでなく、周囲も「この子はそういう子だから」と思い込み、変化の可能性を見失ってしまうことがあります。
これはとても苦しい状況です。だからこそ、ナラティブコーチングでは「問題はその人ではない、問題は問題である」という基本姿勢を大切にします。
3. ナラティブコーチングの4つの核心概念
① 問題の外在化(Externalizing the Problem)
もっとも重要な概念が「外在化」です。これは「問題を人から切り離して考える」技法です。
たとえば、「集中できない自分がダメ」ではなく「集中を邪魔してくる何かがある」と捉え直します。「不注意」を敵として擬人化し、「その不注意は、どんなときに特に勢力を増しますか?」と問いかけることもできます。
これにより、本人は「自分全体がダメ」という自責から解放され、問題と戦う主体的な立場に立てるようになります。
② ユニークな結果の発見(Unique Outcomes)
支配的な物語には必ず「例外」があります。「いつも失敗する」と信じていても、うまくいった場面、乗り越えた瞬間は必ずどこかにあるはずです。
コーチはその「例外の物語」を丁寧に掘り起こします。「そんなに難しい状況で、どうやって対処したのですか?」という問いかけが、新しい物語の種になります。
③ 物語の再著述(Re-authoring)
発見された「例外」を手がかりに、本人が主人公となる新しい物語を書き直していきます。コーチは「あなたの中にある力」を引き出す質問を重ね、本人が自分の人生の著者として語れるよう支援します。
この過程で、「問題に支配された人生」から「自分の価値観や強みを体現した人生」へとシフトしていきます。
④ 証人・オーディエンスの存在
新しい物語は、他者に語られることでより強固になります。信頼できる人に「自分がこう変わった」「こういう力があった」と語り、共感・承認をもらうことで、新しいアイデンティティが定着していきます。
コーチがその最初の「証人」となり、徐々に生活の中の大切な人たちへと広げていくのが理想的です。
4. 発達障害支援での具体的な実践例
■ ケース1:ADHDのある20代男性・Aさんの場合
| 📋 背景
仕事でのミスが続き、「自分はダメな人間だ」という思いが強くなっていた。 コーチングで取り組んだこと:外在化と例外探し |
コーチはAさんと対話を重ねる中で、ミスが少なかった時期を探りました。「どんな環境のときでしたか?」「何を工夫していましたか?」
Aさんは「締め切りが視覚的にわかるボードを使っていたとき」を思い出しました。その経験を「自分には工夫する力がある」という新しい物語の起点にしていきました。
■ ケース2:ASDのある中学生・Bさんの場合
| 📋 背景
友人関係でのトラブルが続き、「自分は空気が読めない変な人だ」と傷ついていた。 コーチングで取り組んだこと:問題の外在化と強みの再発見 |
コーチはBさんと「空気が読めない」という問題を外在化。「“空気読めない感“は、どんなときに来る?」と擬人化して語り合いました。
また、Bさんの「細かいことへの集中力」「特定のテーマへの深い知識」が実は強みであることを丁寧に引き出し、「自分には独自の見方ができる人間だ」という物語へと再構築しました。
5. ナラティブコーチングが発達障害支援に効果的な理由
● 「できないこと」ではなく「ありたい姿」に焦点を当てる
発達障害支援では、どうしても「弱点の補強」「問題行動の修正」に目が向きがちです。しかしナラティブコーチングは、その人が「どう生きたいか」「何を大切にしているか」を出発点にします。
これは本人のモチベーションを高め、支援への参加意欲を大きく引き出す効果があります。
● 自己肯定感の回復
発達障害のある方の多くは、長年の失敗経験から「学習性無力感」(何をやってもうまくいかないという感覚)を抱えています。
ナラティブコーチングは「例外」を丁寧に掘り起こすことで、この無力感に揺らぎを生じさせ、「自分にもできることがある」という体験を積み上げていきます。
● 支援者との対等な関係性
「専門家が正しい答えを教える」という上下関係ではなく、「一緒に物語を探求するパートナー」という対等な姿勢がナラティブコーチングの特徴です。
これは特に、権威的な関係に傷ついた経験を持つ発達障害のある方に、安心感と主体性をもたらします。
● 言語化・内省が苦手でも活用できる工夫
ASDのある方の中には、自分の気持ちを言語化することが難しい方もいます。ナラティブコーチングでは、具体的なエピソードを語ることから始めるため、感情の直接表現が難しくても取り組みやすいのが特徴です。
発達障害とナラティブ/コーチング的アプローチ: 現状の研究から分かること
発達障害(自閉スペクトラム症ASD、ADHD、DLDなど)に対して、「ナラティブ(物語)」や「コーチング」に近いアプローチは複数の領域で試みられています。ただし「ナラティブコーチング」という名称そのものの実証研究はほぼなく、ナラティブ療法・ナラティブ介入・コーチングの研究から手がかりを得る形になります。
ナラティブセラピー・物語を使った心理的支援
- ADHD児に対するナラティブ療法の文献を整理したスコーピングレビューでは、ADHDを「問題のラベル」ではなく、子どもの価値や強みを中心に語り直す実践(問題の外在化、「きらめく瞬間」の発見など)が報告されていますが、効果のエビデンスはまだ限定的で、今後の検証が必要とされています (Ophir et al., 2025)。
- インドの発達障害児と家族を対象にしたナラティブ療法の質的研究では、
- 協働性(パートナーシップ)
- 子ども・家族のスキルや強みが見えること
- 自分の人生へのコントロール感と他者へのアドボカシー
が高まったと語られました (Baldiwala & Kanakia, 2021)。
発達障害児・家族に対するナラティブ実践の効果
| 成果の方向性 | 具体的な内容(例) | 対象 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 心理的エンパワメント | 主体性・コントロール感・家族のスキルの可視化 | 発達障害児と家族 | (Baldiwala & Kanakia, 2021) |
| 問題の再物語化 | 問題と子どもを切り離し、強みに焦点 | ADHD児 | (Ophir et al., 2025) |
Figure 1: 発達障害領域におけるナラティブ実践の主な方向性
言語・コミュニケーション面でのナラティブ介入
- DLD(発達性言語障害)の子どもに対するナラティブベース言語介入やストーリー再話訓練は、
- 物語構造(マクロ構造)
- 文の長さ・文法性・結束性(ミクロ構造)
の改善に有効と報告されています (Xue et al., 2025; Hadjadj et al., 2025; Iuliu & Martínez, 2021; Pauls & Archibald, 2021; Delgado-Cruz et al., 2021; Janssen et al., 2020)。
- ASD児・青年に対しても、語用論的トレーニングやナラティブ・メンタライジング訓練により、
- 発話の長さ・完全な文・結束性 (Hilviu et al., 2023)- 他者の心の状態の理解や物語の一貫性 (Bylemans et al., 2022)が向上したと示されています。
コーチング的支援:オンライン支援・トレーニング
- ADHD/ASDの若者へのインターネットベースのサポート&コーチングでは、
- 「いつでも相談できる安心感」
- 書く形式や自宅から参加できる点への高い満足
など、主観的には有用と感じられていました (Sehlin et al., 2018)。
- 神経発達症+軽度知的障害児のワーキングメモリ訓練では、個別化コーチング vs 一般的コーチングで大きな差は出ませんでしたが、どちらの群も時間経過とともに認知・学業成績が改善しており、「定期的で構造化されたコーチ的関わり」自体は有益と示唆されています (Roording-Ragetlie et al., 2023)。
職場・キャリア領域のナラティブ/コーチング
- ADHD成人のキャリア研究では、強み焦点のインタビュー(ポジティブ心理学的コーチング技法)を通じて、「ADHDだからこそ発揮される強み」と「困難にもかかわらず達成してきたこと」というキャリアの物語が整理され、コーチングの基盤となり得るとされています (Crook & McDowall, 2023)。
- 職場におけるニューロアファーマティブ・コーチングのレビューでは、自閉症・ADHDなど神経多様性の特性を前提に、強み・自己理解・自己アドボカシー を支える個別化コーチングの重要性が指摘されています (Antony et al., 2024)。
ナラティブ療法・物語に基づく言語介入・オンラインコーチング・強み焦点のキャリアコーチングなど、発達障害とナラティブ/コーチングを組み合わせた実践は増えています。
共通するのは、診断名や欠点よりも物語・強み・主体性に焦点を当てることで、コミュニケーション能力の向上や心理的エンパワメント、生活上の適応を支え得るという点です。ただし、効果の科学的検証はまだ途上であり、とくに「コーチング」としての体系的エビデンスは今後の研究課題です。
6. 保護者・支援者が知っておきたいポイント
● 「問題はその子ではない」という視点を共有する
保護者や学校の先生、福祉支援者がナラティブの視点を持つことも非常に重要です。「この子はADHDだから仕方ない」という見方ではなく、「この子の中にある力はなんだろう?」という問いかけを日常的に持ちましょう。
● ユニークな結果を見逃さない
子どもや支援対象者の「小さな例外」を見逃さず、「あのとき、どうやったの?」と興味を持って聞くことが大切です。それだけで、相手は「自分の工夫が認められた」と感じ、自己効力感が高まります。
● コーチングの専門家と連携する
ナラティブコーチングは技術的なトレーニングが必要です。発達障害支援に精通したナラティブコーチを探すか、ナラティブアプローチを取り入れている支援機関や相談支援事業所に相談してみましょう。
7. よくある質問(FAQ)
Q. 発達障害の「診断名」がなくてもナラティブコーチングを受けられますか?
- はい、受けられます。ナラティブコーチングは診断名を前提とせず、「その人の物語」を扱うため、グレーゾーンの方や、生きづらさを感じているすべての方が対象になりえます。むしろ,予防対策として役立ちます。
Q. 子どもにも使えますか?
- 使えます。ただし、子どもの発達段階に合わせたアプローチの調整が必要です。プレイセラピーや絵を使った物語表現など、言語外の方法と組み合わせることが多くなります。
Q. 何回くらいセッションが必要ですか?
- 個人差がありますが、月1〜2回のペースで3〜6ヶ月程度継続するケースが多いです。明確な目標がある場合は短期集中型も可能です。
Q. 医療・療育と組み合わせることはできますか?
- できます。むしろ推奨されます。認知行動療法・作業療法・ABAなどの既存の支援と組み合わせることで、「内面の物語の変容」と「行動スキルの習得」の両面からアプローチできます。
Q.一般社団法人コーチング心理学協会では,「発達障害」や「グレーゾーン」について学べますか?
はい、コーチング心理学協会では,発達障害支援コーチングなど,コミュニケーションに関わる内容を学べます。
イラスト化したりして,各講座も工夫して,楽しめるような内容んしております。ぜひ,体験してみていただければ幸甚です。
https://www.coaching-psych.com/event/ddsc/
Q. 一般社団法人コーチング心理学協会では,「発達障害」,「グレーゾーン」の方に対応できる団体研修・法人研修などを実施してますか?(新入社員・中途社員・管理職研修など)
はい,実施しております。もしご希望でしたら,お問い合わせまでご連絡をいただければ幸甚です。
各組織や会社によって異なりますので,内容に合わせて対応いたしますの。協働で研修なども可能です。
お問い合わせまでご連絡をいただければ幸甚です。
https://www.coaching-psych.com/contact/
8. まとめ:物語を変えれば、生き方が変わる
ナラティブコーチングを活用した発達障害支援の核心は、「その人が自分の人生の著者である」という信念です。
発達障害のある方は、長年にわたって「問題のある人」という物語を他者から押しつけられ、ときには自分でもそう信じてきたかもしれません。
しかしその人の歴史の中には、必ず輝く瞬間があります。乗り越えた困難があります。大切にしてきた価値観があります。
ナラティブコーチングは、そうした「もう一つの物語」を丁寧に見つけ出し、本人が主人公として輝ける新しいストーリーを共に紡ぐプロセスです。
もし「自分には向いているかもしれない」と感じた方は、ぜひ一度、ナラティブコーチングを専門とする支援者に相談してみてください。あなたの物語は、まだ書き続けられています。
| 📌 この記事のキーワードまとめ
ナラティブコーチング、発達障害、ADHD支援、ASD支援、自己肯定感 問題の外在化、ユニークな結果、物語の再著述(リオーサリング) ナラティブセラピー、支援者向け、保護者向け、生きづらさ コーチング 発達障害、物語療法、マイケル・ホワイト |
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執筆・監修:ナラティブコーチング ※本記事は情報提供を目的としています
References
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投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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