認知行動コーチングのためのストア哲学の活用術

ストイシズムは「我慢」ではなかった

11,726人のデータから見る、認知行動コーチングのためのストア哲学活用術

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この記事でわかること

「ストイック=感情を抑え込む人」という誤解が、なぜ研究結果を歪めてきたのか

Karl & LeBon(2026)の大規模研究(N=11,726)が示した、ストイシズムと幸福感の科学的な関係

認知行動コーチング(CBC)の実践に、ストア哲学の7つの次元をどう組み込むか

 

1. 「もっと強くあれ」ではなく、「もっと賢く見よ」

クライアントに「ストイックになりましょう」と伝えたら、多くの人は眉をひそめるかもしれません。日本語でも英語でも、「ストイック」という言葉は「感情を押し殺す」「弱音を吐かない」「歯を食いしばって耐える」といった、やや息苦しいイメージで使われがちです。実際、これまでの心理学研究の中にも、こうした「日常語としてのストイシズム」が、燃え尽きや抑うつ、援助希求行動の低さと結びつくと報告してきたものがあります。

しかし20267月、Journal of Positive Psychology誌に掲載された Karl & LeBon による大規模研究は、この通念に真正面から挑戦します。対象は11,726人という異例の規模。しかもストア哲学に元々関心がある人だけを集めたのではなく、VIA性格strengthsサーベイを受けに来た一般の受検者に、ついでに答えてもらったという設計です。結果は明確でした。哲学的伝統としてのストイシズムを正しく測定すると、それは幸福感を「損なう」どころか、「押し上げる」働きをしていたのです。

この発見は、認知行動コーチング(CBC)に携わる私たちにとって示唆に富んでいます。CBCはもともと、認知の歪みへの気づき、価値に基づく行動、感情の調整といった要素を扱いますが、これらはまさに古代ストア派が2000年以上前から体系化してきた「実践知」と重なるからです。本稿では、この研究の中身をわかりやすく解説しながら、コーチング現場でどう活かせるかを一緒に考えていきます。

2. 研究の全体像「ストイックな性格」を科学的にはかる

2-1. なぜ従来の研究は矛盾していたのか

先行研究(Karl et al., 2022)では、いわゆる「ストイシズム」――感情を表に出さない態度――が、well-beingと負の関連を示すことが報告されていました。しかしこれは、古代ギリシア・ローマ由来の哲学的ストア主義そのものを測定したものではなく、あくまで「感情表出の抑制」という、口語的な意味でのストイシズムを扱ったものでした。

この混同を整理するために開発されたのが、Stoic Attitudes and Behaviours Scale(SABS)です。LeBon らが2025年に開発・検証したこの尺度は、ストイシズムを「感情の抑圧」ではなく「生き方の哲学」として捉え直し、次の7つの次元で構成されています。

2-2. SABSが測る7つの次元と、幸福感との関連の強さ

次元 相関 r 内容
ストア・マインドフルネス .40 自分の判断・印象を吟味し、理性と一致させる訓練
徳(バーチュー) .36 知恵・正義・勇気・自制心を大切にし、実践する姿勢
幸福についての信念 .31 「良い人生は徳次第」という価値観
慈愛と共感 .30 共通の人間性の認識、他者への貢献
倫理的成長 .28 人生を「道徳的な進歩の過程」と捉える視点
ストア的世界観 .24 宇宙は秩序だっている、という世界観
コントロールについての信念 .12 「自分の判断と行動だけが自分の力の及ぶ範囲」という認識

 

全体のストイシズム得点(SABS合計)は、WHO-5幸福感指標と r = .43 という中〜大程度の正の相関を示しました。さらに興味深いのは、7つの次元の「強さの序列」です。最も幸福感と結びついていたのは、抽象的な信念ではなく、日々の「実践」に近い次元――ストア・マインドフルネスと徳――でした。逆に、単なる知的理解にとどまりやすい「コントロールについての信念」は、最も関連が弱かったのです。

CBC的な着眼点

「わかっている」ことと「実践している」ことの差が、well-beingへの影響力を大きく左右する。

これはCBCが重視する『知識の行動化』そのもの。コーチングの価値は、まさにこのギャップを埋める点にある。

 

3. 認知行動コーチングの視点で読み解く3つの発見

3-1. ストア・マインドフルネス『気づき』が土台になる

ストア・マインドフルネスは、印象(思い浮かんだ考えや感情の第一印象)に注意を払い、それを吟味し、定期的に振り返る実践的態度です。今回の研究で、幸福感との相関が最も強かったのがこの次元でした(r = .40)

これはCBTのメタ認知的気づきや認知的再評価と重なる部分がありますが、著者らは「単なるMBCT的マインドフルネスや、CBTの認知再構成と同一ではない」と強調しています。ストア・マインドフルネスには、困難に備える、経験から学ぶといった、明確に倫理的・準備的な要素が含まれているからです。コーチングセッションで言えば、単に『今この瞬間に気づく』だけでなく、『この気づきをもとに、次にどう行動するのが徳にかなうか』まで踏み込む点が特徴的だと言えるでしょう。

3-2. 幸福についての信念『何を追いかけるか』を変える

興味深いことに、単純な相関(バリエート分析)では中程度だった『幸福についての信念』(良い人生は外的な富や地位ではなく徳に依存するという考え方)が、他の変数をすべて統制した重回帰分析では、SABSの中で最も強いユニークな予測因子として浮かび上がりました(β = .11)

これは、地位・承認・快適さといった『外的な結果』に一喜一憂しにくくなることで、より安定した内的な拠り所を持てるようになる、という解釈と整合的です。CBCの現場でも、クライアントが『昇進できなかったらどうしよう』『あの人にどう思われているか』といった外的成果への過度な同一化に苦しむ場面は頻繁に見られます。ここに、ストア的な価値の再配置(何を『自分の力の及ぶこと』とみなすか)という視点を持ち込むことは、単なる感情の鎮静化ではなく、認知の枠組みそのものを変える、より本質的な介入になり得ます。

3-3. コントロールについての信念だけでは足りない

『自分の判断と自発的な行動だけが本当に自分の力の及ぶことで、外的な出来事は違う』という、いわゆる『コントロールの二分法』は、ストア哲学の中でも最も有名な教えの一つです。ところが今回の研究では、この信念そのものへの賛同は、幸福感との関連が最も弱く(r = .12)、重回帰分析では有意にすらなりませんでした。

著者らはこれを、『原則に頭で同意すること』と『それを日常的に使いこなすこと』の違いとして説明しています。つまり、コントロールの二分法は『知っていれば安心』という知識ではなく、『使ってはじめて効く』スキルだということです。これは、CBTにおける『認知の再構成技法を教えるだけでは不十分で、実際の場面で繰り返し適用する練習が必要』という知見と完全に一致します。コーチが『コントロールできることに集中しましょう』という言葉だけを伝えて終わりにするのではなく、具体的な場面でその原則をどう適用するかを一緒に練習する必要がある、という実践的な示唆が得られます。

4. VIA性格の強みとの関係『ゼスト(熱意)』という意外な鍵

この研究のもう一つの大きな発見は、ストイシズムがVIA24の性格の強み全てと正の相関を持っていたことです。これは『ストイシズム=感情的に平坦・禁欲的』という一般的なイメージとは正反対の結果です。

特に強い関連を示したのは、希望(r = .51)、感謝(r = .50)、精神性(r = .43)でした。さらに重回帰分析では、24の強みの中で唯一無二の予測力を持っていたのが「ゼスト(熱意・活力)」で、その影響度は他のどの強みよりも突出していました(β = .34)

ストイシズムはしばしば「情熱を抑えるもの」と誤解されますが、データが示すのはむしろ逆です。外的な結果への執着を手放し、徳という内的な羅針盤を持つことで、人はかえって人生への積極的な関与――ゼスト――を維持しやすくなるのかもしれません。これはコーチングにおいて、『落ち着かせる』ことと『情熱を引き出す』ことは対立しない、という重要な示唆になります。

実践へのヒント:コーチングセッションでの問いかけ例

「今この状況で、実際にあなたの力が及ぶ部分はどこですか?」(コントロールの二分法)

「もしこの出来事に対する評価が変わったとしたら、何が変わりますか?」(印象の吟味=ストア・マインドフルネス)

「この経験から、あなたにとって大切にしたい徳(勇気・自制・正義・知恵)は何ですか?」(徳の実践)

 

5. 認知行動コーチングにどう活かすか — 3つの実践ステップ

ステップ1:知識ではなく『練習』として扱う

コントロールの二分法の教訓が示す通り、ストア的な原則は『説明して終わり』にしてはいけません。セッションの中で実際の出来事を材料にして、『これは自分の力が及ぶ範囲か、そうでないか』を一緒に仕分ける練習を繰り返すことが重要です。

ステップ2:『何が良い人生か』を問い直す時間を作る

Beliefs About Happinessが持つ独自の予測力は、外的な成果への評価軸そのものを見直すことの価値を示しています。目標設定の場面で、『この目標が達成できたら、何が満たされるのか』『それは本当に、あなたが大切にしたい生き方と一致しているか』を掘り下げる問いが有効です。

ステップ3:熱意を『鎮める』のではなく『方向づける』

ゼストとの強い関連が示すように、ストア的な態度は情熱を消すものではありません。クライアントの熱意やエネルギーを、目先の外的評価ではなく、本人の価値観や徳に基づいた方向に『向け直す』サポートこそが、コーチの役割だと言えるでしょう。

6. 研究の限界と、今後の可能性

この研究は横断的デザインであるため、因果関係の方向は特定できません。ストイシズムが幸福感を高めるのか、幸福感の高い人がストア的態度を持ちやすいのか、あるいは双方向的な関係なのかは、今後の縦断研究・介入研究を待つ必要があります。また全ての変数が自己報告であること、サンプルが欧米・高学歴層に偏っている可能性がある点も留意が必要です。

とはいえ、マインドフルネスがかつて『瞑想という宗教的実践』から『科学的に検証された心理的介入』へと足場を移してきたように、ストイシズムもまた、抽象的な哲学から、コーチングや心理支援の現場で活用できる実践的枠組みへと歩みを進めていると言えそうです。

よくある質問(FAQ)

Q1. ストイシズムと『我慢強さ』はどう違うのですか?

我慢強さ(日常語としてのストイシズム)は感情を『抑え込む』ことに重点がありますが、哲学としてのストイシズムは、出来事への『評価・判断』そのものを吟味し、外的な結果ではなく自分の徳や行動に焦点を当てる考え方です。今回の研究では、後者が幸福感と正の関連を持つことが示されました。

Q2. CBTとストア哲学は何が違うのですか?

両者は認知の吟味という点で重なりますが、ストア・マインドフルネスは、困難への準備や経験からの学びといった、より倫理的・実践哲学的な要素を含む点で区別されます。CBTの技法にストア的な視点を組み合わせることで、より深い価値観のレベルでの変化を支援できる可能性があります。

Q3. コーチングにすぐ取り入れられる要素はありますか?

『コントロールの二分法』を使った状況の仕分け、印象を吟味する内省の習慣化、目標や評価軸を徳に照らして問い直す対話の3つは、比較的取り入れやすい実践です。

まとめ

11,726人という大規模データが示したのは、哲学としてのストイシズムが、感情の抑圧とは対極にある、活力に満ちた生き方の土台になり得るという事実です。認知行動コーチングにとって重要なのは、単に『落ち着きましょう』と伝えることではなく、クライアントが何を『自分の力の及ぶこと』とみなし、何を『良い人生』の基準とするかという、認知の土台そのものに働きかけることかもしれません。ストア哲学は、そのための古くて新しい地図を提供してくれています。

 

参考文献: Karl, J. A., & LeBon, T. (2026). Stoicism, well-being, and character strengths: evidence from a large sample using the Stoic Attitudes and Behaviours Scale (SABS). The Journal of Positive Psychology.

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投稿者プロフィール

徳吉陽河
徳吉陽河
徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、教員免許(中学・高等学校:社会科・歴史・公民など)。教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』。翻訳書に『Tomorrowmind日本語版 これからの生き方』『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。

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