社会人のための社会構成主義と心理構成主義入門 理解と活用
社会人のための「社会構成主義」と「心理構成主義」入門 理解と活用
〜 職場や日常生活でのコミュニケーション改善のために 〜
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はじめに:構成主義の世界へようこそ
「同じ出来事を経験しても、人によって受け止め方が全く違う」「チームの中で共有されている暗黙の了解が、実は部署によって異なっていた」—このような経験はありませんか?
私たちの「知識」や「理解」はどのようにして生まれるのか。それを説明する理論として「構成主義」があります。構成主義は、特にビジネスにおけるコミュニケーションや組織文化の理解、人材育成に新たな視点をもたらしてくれます。
本ウェブサイトでは、社会構成主義と心理構成主義という二つの構成主義の考え方を社会人の視点からわかりやすく解説し、ビジネスや日常生活での活用方法をご紹介します。
構成主義の核心
「知識や理解は、外界の現実をそのまま映し取るものではなく、人が主体的に構成(構築)するもの」という考え方です。つまり、客観的な「真実」よりも、人がどのようにして意味を構築していくかに焦点を当てます。
構成主義の二つの潮流
構成主義には、大きく分けて「社会構成主義」と「心理構成主義」という二つの潮流があります。これらは「知識や理解はどのように構築されるのか」という問いに対して、異なる視点から答えようとするものです。
社会構成主義

「知識は社会的相互作用によって構築される」
意味や理解は個人の中ではなく、人と人との対話や関係性の中で生まれると考えます。「現実」は社会的に構築されるものであり、文化や言語に大きく影響されます。
「真実は関係性の中にある」
心理構成主義

「知識は個人の認知プロセスによって構築される」
意味や理解は、個人の心の中で内的に構成されると考えます。個人が自分自身の経験を通して独自の世界観を作り上げていきます。
「真実は一人一人の頭の中にある」
重要な違い
心理構成主義が「個人の主観によって意味を構成する」と捉えるのに対し、社会構成主義では「社会や共同体における個人が間主観的に(相互に影響し合いながら)意味を構成する」と捉えます。
この違いは、人材育成やコミュニケーション戦略に大きな影響を与えます。
構成主義の歴史的発展
構成主義の考え方は、20世紀の心理学や哲学、教育学などの発展と共に形成されてきました。その歴史的発展を理解することで、両者の違いがより明確になります。
心理構成主義の起源
心理構成主義の基盤となったのは、スイスの心理学者ジャン・ピアジェの認知発達理論です。ピアジェは子どもの知的発達を観察し、人間は外界からの情報を単に受け取るだけでなく、既存の認知構造(スキーマ)を用いて情報を解釈し、必要に応じて認知構造自体を変化させていくと主張しました。
アメリカの心理学者ジョージ・ケリーは、「個人的構成体理論」を提唱し、人は科学者のように自分の経験を解釈し、予測するための「構成体(construct)」を作り出すと考えました。これらの理論が心理構成主義の基礎となっています。
社会構成主義の発展
社会構成主義は、1960年代から70年代にかけて社会学や心理学の分野で発展しました。ピーター・バーガーとトーマス・ルックマンの著書『現実の社会的構成』(1966年)が重要な転換点となり、「社会的現実は人々の相互作用によって構築される」という考え方が広まりました。
その後、ケネス・ガーゲンなどによって社会構成主義が体系化され、「知識は社会的プロセスの産物である」という視点が確立されました。言語の役割が特に重視され、「言語がどのように現実を構成するか」という問いに焦点が当てられるようになりました。
「言葉は単なるコミュニケーションの道具ではなく、それ自体が現実を構築する力を持つ」 – ケネス・ガーゲン
社会構成主義と心理構成主義の核心概念
| 観点 | 社会構成主義 | 心理構成主義 |
|---|---|---|
| 知識の源泉 | 社会的相互作用、対話、関係性 | 個人の認知プロセス、経験の内的解釈 |
| 言語の役割 | 現実を構成する中心的要素 | 内的認知プロセスを表現する手段 |
| 真実観 | 相対的・多元的(関係性によって変わる) | 個人的・主観的(個人によって異なる) |
| 焦点 | 集団、文化、言説、権力関係 | 個人の認知構造、学習プロセス |
| 実践への応用 | 組織文化改革、チームビルディング、ナラティブアプローチ | 個人コーチング、認知的アプローチ |
両者の共通点
- 「客観的真実」よりも「構成されるプロセス」を重視
- 現実は多様な解釈が可能であると考える
- 個人または集団による意味づけを重視する
- 個人や社会の変化の可能性を肯定的に捉える
他の心理療法手法との比較
構成主義的アプローチは、他の主要な心理療法アプローチとどのように異なるのでしょうか。以下に主要な違いを説明します。
精神分析との比較
精神分析は、フロイトに始まる心理療法で、無意識の欲望や葛藤に焦点を当て、過去の経験(特に幼少期)が現在の問題にどう影響しているかを探ります。
精神分析的視点
問題は無意識の葛藤から生じており、過去の経験を掘り下げることで解決の糸口が見つかる
構成主義的視点
問題は特定の見方や物語によって構成されており、新たな意味や物語を構築することで解決の可能性が広がる
認知行動療法との比較
認知行動療法(CBT)は、問題となる思考パターン(認知)と行動に焦点を当て、それらを変えることで症状の改善を目指します。
認知行動療法的視点
非合理的・歪んだ思考パターンを特定し、より合理的な思考に置き換えることで問題を解決する
構成主義的視点
「合理的」か「非合理的」かではなく、様々な視点や物語が可能であり、より有用な意味づけを協働して構築していく
人間性心理学との比較
人間性心理学(ロジャーズのクライアント中心療法など)は、個人の内的な成長力や自己実現への傾向を重視します。
人間性心理学的視点
個人には自己実現への自然な傾向があり、受容的な環境の中で本来の自分を発見していく
構成主義的視点
「本来の自分」というより、多様な自己の物語が可能であり、対話や関係性の中でアイデンティティが構成されていく
なぜ構成主義的アプローチが注目されるのか
従来の心理療法が「問題の原因を特定し、解決する」という医学モデルに基づいているのに対し、構成主義は「新たな見方や物語を共に作り出す」という協働的なプロセスを重視します。これは特に、多様性や変化が常態となっている現代社会において、より柔軟で創造的なアプローチとして注目されています。
ナラティブアプローチ:社会構成主義の実践
社会構成主義の代表的な実践手法として「ナラティブアプローチ」があります。これは、マイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンによって1980年代に発展した心理療法の一つです。
ナラティブアプローチの基本概念
ナラティブアプローチでは、人は自分の経験を「物語(ナラティブ)」として理解していると考えます。問題が発生するのは、その物語が制限的であったり、ネガティブな意味づけがなされている場合です。
セラピストとクライアントは協働して、既存の問題を含む「ドミナント・ストーリー」を解体し、より可能性に満ちた「オルタナティブ・ストーリー」を構築していきます。
ナラティブアプローチの主要な技法
- 外在化(Externalization):「私はうつ病だ」ではなく「うつが私の生活に影響している」というように、問題を人から切り離して捉えることで、問題と戦う主体性を回復する
- ユニーク・アウトカムの発見:問題の支配に反する例外的な出来事や経験を見つけ出し、それを新しいストーリーの基盤とする
- 再著述(Re-authoring):より望ましい自己物語を共同で構築していく
- 証人を立てる(Witnessing):新しいストーリーを他の人々に証言してもらい、社会的に認められた物語として強化する
ビジネスでの活用例:チームの物語を変える
あるIT企業のプロジェクトチームが「失敗ばかりするチーム」という物語を持っていました。リーダーはナラティブアプローチを参考に:
- 「失敗」を外在化し、「挑戦的な課題が私たちの進歩を一時的に妨げている」と再定義
- 過去の小さな成功体験(ユニーク・アウトカム)を探し、共有
- 「学びを大切にする革新的なチーム」という新しい物語を共同構築
- 他部署や顧客からのポジティブなフィードバックを集め、新しい物語を強化
結果として、チームの士気が向上し、より創造的な解決策が生まれるようになりました。
ビジネスシーンでの構成主義の応用
構成主義の考え方は、ビジネスの様々な場面で応用することができます。特に、組織開発、リーダーシップ、コミュニケーション、人材育成などの分野で有効です。
1. 組織文化の理解と変革
社会構成主義の視点から見ると、組織文化は「共有された意味や物語の体系」と捉えることができます。組織変革を進める際には:
- 現在の「組織の物語」を理解する
- その物語がどのように構築され、維持されているかを分析する
- 新しい物語を共同で構築し、それを支える実践を導入する
- 変化のプロセスを「再物語化」として捉え、進捗を共有する
2. リーダーシップの新しいモデル
構成主義的リーダーシップでは、リーダーの役割は「唯一の正しい見方を提示する」ことではなく、「多様な視点を調整し、共有された意味を構築するプロセスを促進する」ことになります。
従来型リーダーシップ
- 唯一の「正しい」ビジョンを示す
- 答えを持っている
- トップダウンで意思決定する
構成主義的リーダーシップ
- 多様な視点を引き出し、統合する
- 良い質問を持っている
- 共同での意味づくりを促進する
3. コミュニケーションの質の向上
社会構成主義の視点は、職場でのコミュニケーションの質を向上させるのに役立ちます:
- 「唯一の現実」ではなく、複数の視点があることを前提にする
- 自分の見方を「事実」として提示するのではなく、「私の理解では…」と表現する
- 相手の現実の構成の仕方を理解しようとする姿勢を持つ
- 言葉が現実を構築する力を持つことを意識し、使う言葉に気を配る
4. 人材育成と学習
心理構成主義の視点は、人材育成や研修プログラムに新しい視点をもたらします:
- 一方的な知識伝達ではなく、学習者が主体的に知識を構築するプロセスを支援する
- 既存の知識体系と新しい情報をどのように統合するかに注目する
- 実践的な問題解決を通じた学習(アクションラーニング)を重視する
- 振り返りと意味づけのプロセスを学習サイクルに組み込む
構成主義を活かした会議の進め方
- チェックイン:各自が今どのような「物語」の中にいるか簡単に共有
- 多様な視点の歓迎:「異なる見方があることは問題ではなく、資源である」という姿勢を明示
- 質問の重視:「答え」よりも「良い質問」を大切にする文化を作る
- 共同構築のプロセス:個々の視点を統合し、新たな共有理解を構築する時間を確保
- チェックアウト:会議を通じて各自の理解がどのように変化したかを共有
実践ツール:構成主義を日常に取り入れる
1. リフレクティブ・クエスチョン(省察的質問)
自分や他者の思考や理解のプロセスを探るための質問技法です。以下のような質問を活用してみましょう:
- 「あなたはこの状況をどのように理解していますか?」
- 「その見方はあなたにとってどのような意味を持っていますか?」
- 「別の角度から見るとしたら、どのような見方ができるでしょうか?」
- 「その考え方はどのような経験や価値観に基づいていると思いますか?」
2. リフレーミング(再枠づけ)
状況や問題を異なる枠組みで捉え直す技法です。問題を新たな視点から見ることで、新しい可能性が開けます。
通常の枠組み
「このプロジェクトは予算オーバーしている」
「あのチームメンバーは反抗的だ」
「この戦略は失敗だった」
リフレーミング
「このプロジェクトは、予想以上の品質を実現するために投資が増えている」
「あのチームメンバーは現状に疑問を投げかける勇気がある」
「この戦略から多くの学びを得ることができた」
3. 物語マッピング
自分や組織の「物語」を視覚化し、分析するためのツールです。次のステップで実施します:
- 現在の「ドミナント・ストーリー」(支配的な物語)を特定する
- その物語の主要な要素、登場人物、プロット、テーマを書き出す
- その物語がどのような結果や感情をもたらしているかを考える
- 代替となる「オルタナティブ・ストーリー」を構想する
- 新しい物語を強化するための具体的な行動を計画する
4. 協働的対話の実践
社会構成主義の視点からの対話は、単なる情報交換ではなく、共同での意味構築のプロセスです。効果的な協働的対話のための原則:
- 好奇心の姿勢:自分の理解を押し付けるのではなく、相手の理解を探求する
- 仮定の保留:自分の前提や解釈を一時的に脇に置き、開かれた姿勢で聴く
- 反省的な聴き方:相手の言葉の背後にある意味や文脈を理解しようとする
- 共鳴的な応答:相手の発言に対して、理解を深めるような応答をする
ケーススタディ:構成主義的アプローチの実践例
ケース1:チームの対立解消
状況:
営業部と開発部の間に長年の対立があり、互いを「売れないものを売りつける部署」「実現不可能な約束をする部署」と見なしていた。
構成主義的アプローチ:
- 両部署から代表者を集め、各部署が持つ「相手の物語」を明らかにした
- その物語がどのように構築され、維持されてきたかを分析した
- 各部署の視点や制約を相互理解するためのワークショップを実施
- 「顧客に価値を届けるパートナー」という新しい共有物語を協働で構築
- その物語を強化するための新しい協働の仕組みを導入
結果:
対立が減少し、相互理解が深まると同時に、顧客満足度も向上した。
ケース2:キャリア開発カウンセリング
状況:
40代の中間管理職が「キャリアの行き詰まり」を感じ、転職を考えていた。
構成主義的アプローチ:
- 「キャリアの成功」に関する本人の物語(成功=昇進)を明らかにした
- その物語がどのような社会的・文化的影響から形成されたかを探った
- キャリアの様々なエピソードを振り返り、異なる意味づけの可能性を探索
- 「組織的成功」と「個人的充実」の新たなバランスを含む代替物語を構築
- 新しい物語に基づく具体的なキャリアプランを策定
結果:
キャリアの見方が変化し、現職での新たな貢献の可能性を見出すことができた。転職ではなく、組織内での役割変更を選択した。
ケース3:組織変革プロジェクト
状況:
長い歴史を持つ製造業の企業が、デジタル化への対応に苦戦していた。変革への抵抗が強かった。
構成主義的アプローチ:
- 組織の「成功の物語」(品質と伝統による成功)を理解し尊重
- 変革を「否定」ではなく「進化」として位置づけ直す
- 社員が自らの経験や専門知識を活かして変革に貢献できる場を作る
- 「伝統×革新」という新しい組織アイデンティティを共同構築
- 変革の各段階での「小さな成功」を物語として共有し、強化
結果:
変革への抵抗が減少し、社員の主体的な参加が増加。デジタル化と伝統的な強みを組み合わせた新しいビジネスモデルの開発に成功した。
まとめ:構成主義的視点がもたらす可能性
社会構成主義と心理構成主義は、私たちの「知識」や「理解」の形成プロセスに光を当てる重要な理論的枠組みです。両者はアプローチは異なりますが、「現実は構築されるもの」という中核的な洞察を共有しています。
構成主義的視点の強み
- 柔軟性と創造性:「唯一の正しい現実」という制約から解放され、より創造的な解決策を探求できる
- 多様性の尊重:異なる見方や理解を「誤り」ではなく「多様性」として捉えることができる
- 変化の可能性:現実が構築されるものならば、再構築も可能であるという希望をもたらす
- 協働の重視:共同での意味構築プロセスを通じて、より豊かな理解と関係性を育むことができる
ビジネスや組織の文脈では、構成主義的アプローチは次のような場面で特に有効です:
- 複雑で「正解」のない問題への対応
- 多様なバックグラウンドを持つメンバーの協働
- 組織文化や価値観の変革
- イノベーションや創造性の促進
- コンフリクト解決と関係性の修復
一方で、構成主義的アプローチには限界もあります。すべての状況に適しているわけではなく、例えば危機的状況や明確な技術的問題の解決などでは、より指示的なアプローチが必要な場合もあります。
最終的には、社会構成主義と心理構成主義の視点を、状況や目的に応じて柔軟に取り入れていくことが重要です。両アプローチの理解を深めることで、私たち自身や他者、そして組織や社会をより深く理解し、より効果的に関わっていくための視点と実践ツールを手に入れることができるでしょう。
「変化をもたらすための第一歩は、物事の見方を変えることである」
さらに学びを深めるために
おすすめの書籍
- 『ナラティヴ・セラピー—社会構成主義の実践』マイケル・ホワイト、デイヴィッド・エプストン著
- 『社会構成主義の理論と実践—関係性が現実をつくる』ケネス・J・ガーゲン著
- 『心理構成主義入門—パーソナル・コンストラクト・セオリーへの招待』ジョージ・A・ケリー著
- 『組織開発の理論と実践—構成主義的アプローチ』フランク・バレット、ロン・フライ著
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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