非認知能力・社会情動スキルに基づくコーチング実践ガイド
非認知能力・社会情動スキルに基づくコーチング実践ガイド
はじめに:なぜ今、非認知能力に注目するのか

学業成績やIQといった認知能力だけでは、人生の成功や幸福を十分に予測できないことが明らかになっています。むしろ、責任感、忍耐力、共感性、楽観性といった「非認知能力」や「社会情動スキル(SES/SEL)」が、学業達成、キャリア成功、ウェルビーイングを強く予測することが、多数の研究で示されています。
コーチングの分野においても、こうした非認知能力の開発は中核的なテーマです。本記事では、最新の研究知見に基づき、非認知能力・社会情動スキルを育てるコーチング実践について解説します。
1. 非認知能力とパーソナリティ:何が違うのか
用語の整理
まず、様々な用語が飛び交う領域ですが、「非認知スキル」「社会情動スキル」「ソフトスキル」「21世紀型スキル」「キャラクター」などは、ほぼ同じ概念空間を指すと理解して構いません。これらの多くは、心理学で確立された「ビッグファイブ(Big Five)」パーソナリティ特性と強く対応しています。
「特性」と「スキル」の決定的な違い
コーチングにとって最も重要なのは、この区別です。
| 特性(Traits) | スキル(Skills) |
|---|---|
| 「ふだんどうしているか」という傾向 | 「その気になればどこまでできるか」という能力 |
| 典型的な行動パターン | 最大限の遂行水準 |
| 比較的安定的 | より可塑的で、介入・育成の対象になりやすい |
例えば、「協調性」という特性を持つ人は、普段から自然と他者に配慮しますが、「協働スキル」は、必要な場面で意図的に発揮できる能力を指します。
コーチングでは、パーソナリティを活かしながら,「スキル」側に焦点を当てることで、より効果的な変化を促すことができるのです。
2. コーチングで育てる5つの中核ドメイン
研究によれば、社会情動スキルは以下の5つのドメインに整理できます(OECD SSESやBESSI frameworkに基づく)。
① 自己管理スキル(Self-Management)
責任感、忍耐力、自己統制など、目標に向かって自分を律する能力。
コーチング実践例:
- 長期目標を小さなステップに分解し、達成可能な行動計画を立てる
- セルフモニタリング(自己観察)の習慣をつけ、進捗を可視化する
- 衝動的な反応を抑え、建設的な選択をする練習
② 対人関係スキル(Engaging with Others)
共感性、協働力、社交性など、他者と効果的に関わる能力。
コーチング実践例:
- アクティブリスニング(積極的傾聴)のトレーニング
- 他者の視点を取る「パースペクティブ・テイキング」の練習
- フィードバックを建設的に与える・受け取るスキルの開発
③ 情動制御スキル(Emotional Regulation)
ストレス耐性、楽観性、感情コントロールなど、感情を適切に管理する能力。
コーチング実践例:
- ストレス状況での認知再評価テクニック
- マインドフルネスやリラクゼーション技法の導入
- ネガティブな思考パターンを特定し、リフレーミングする
④ 課題遂行スキル(Task Performance)
創造性、探究心、達成志向など、課題に取り組む際の能力。
コーチング実践例:
- 「成長マインドセット」を育て、失敗を学習機会と捉える
- 問題解決の系統的なプロセス(問題定義→仮説→検証)を練習
- 好奇心を刺激する質問技法の活用
⑤ 開放性・柔軟性(Open-Mindedness)
寛容性、適応力、批判的思考など、新しい経験や多様性に開かれた態度。
コーチング実践例:
- 多様な視点に触れる機会の設計
- 「なぜそう考えるのか?」を問い、思考の前提を検証する
- 変化を脅威ではなく機会として捉える認知の転換
3. 効果的なコーチング戦略:特性とスキルの統合アプローチ
なぜ両方を測るのか
最新の研究(Soto et al., 2022; Yoon et al., 2024)によれば、パーソナリティ特性とSEBスキルの両方を測定することで、片方だけより豊かな予測と介入が可能になります。実際、SEBスキルは、Big Five特性を統制してもなお、学業達成やエンゲージメントを追加的に予測することが示されています。
「ミスマッチ」に注目する
特に興味深いのは、Ringwald et al. (2025)が示した知見です。青年期において:
- 「スキル > 特性」の人:最良のアウトカム(高い適応、達成)
- 「特性 > スキル」の人:アウトカムが悪化しやすい(潜在能力を活かせない)
つまり、「本来持っている性格傾向よりもスキルを高めている人」が最も成功しやすく、逆に「性格はいいのにスキルが追いついていない人」は苦戦しやすいのです。
そのため,パーソナリティを理解しながら,スキルを高めることが重要になっています。
コーチング実践への示唆:
- クライアントの特性(自然な傾向)とスキル(発揮できる能力)のギャップを把握する
- 特性を「変えよう」とするのではなく、スキルを「伸ばす」ことに注力する
- 特性が低くても、スキルを高めれば十分に成功できることを伝え、エンパワーする
- スキルを高めつつ,パーソナリティはそのまま相乗効果として活かす。
4. 実践的コーチングセッションの設計
ステップ1:現状のアセスメント
実施方法:
- 自己評価質問票(例:BESSI、OECD SSES準拠の質問)を活用
- 「普段どうしているか(特性)」と「最大限発揮できるか(スキル)」を分けて質問
- 具体的な行動例を挙げてもらい、文脈を理解する
質問例:
- 「ストレスの多い状況で、あなたは通常どう反応しますか?」(特性)
- 「ストレスの多い状況で、冷静に対処するためにできることは何ですか?」(スキル)
ステップ2:優先スキルの特定
すべてを一度に伸ばすことはできません。クライアントの目標や文脈に応じて、1〜2つの中核スキルに焦点を絞ります。
選択基準:
- 現在の目標達成に最も影響する領域
- 本人が「伸ばしたい」と強く感じている領域
- 比較的短期間で成果が見えやすい領域
ステップ3:スキル構築のための行動実験
スキルは実践を通じて育ちます。セッション内で学んだことを、日常生活で試す「行動実験」を設計します。
構造化された行動実験の例:
- 事前準備:どの場面で、どのスキルを使うか明確化
- 実践:実際の場面で試してみる
- 振り返り:何がうまくいったか、何が難しかったかを記録
- 調整:次回どう改善するか計画
具体例(自己管理スキル):
- 週に3回、朝に15分間、その日の優先タスクを書き出す
- 集中を妨げる誘惑(SNSなど)を事前にブロックする
- 夕方に5分間、達成できたことを振り返り記録する
ステップ4:継続的なフィードバックと調整
スキル開発は線形的ではありません。進んだり、停滞したりを繰り返します。
効果的なフィードバック:
- 小さな進歩を認める:「完璧」を求めず、改善を祝う
- プロセスに焦点:結果だけでなく、取り組み方を評価
- 成長マインドセット:「まだできない」を「まだできないだけ」に変える
5. コーチング成果の測定
測定すべき3つのレベル
- スキルレベルの変化:同じ質問票を定期的に実施し、数値的な変化を追跡
- 行動レベルの変化:具体的な行動の頻度や質の変化(例:週に何回冷静に対処できたか)
- アウトカムレベルの変化:最終的な目標達成度(例:学業成績、職場評価、主観的幸福度)
長期的視点の重要性
多くの研究が示すように、社会情動スキルは可塑的ですが、深い変化には時間がかかります。3〜6ヶ月の継続的な取り組みを想定し、クライアントと共有しましょう。
6. エビデンスに基づくコーチングの価値
非認知能力コーチングが予測する成果
研究によれば、社会情動スキルの向上は以下を予測します:
- 学業・キャリア:学業成績、就業成果、職場での効果性(Ramo et al., 2009; Soto et al., 2022)
- ウェルビーイング:主観的幸福度、メンタルヘルス、レジリエンス(Pardo et al., 2025)
- 社会適応:対人関係の質、社会的統合、市民参加(Schoon, 2021)
パーソナリティ特性と同等かそれ以上の予測力
従来、パーソナリティ(特にBig Five)が人生の成功を強く予測することが知られていましたが、社会情動スキルはそれに匹敵、あるいは上回る予測力を持つことが示されています(Rammstedt et al., 2017; Yoon et al., 2024)。
つまり、「生まれ持った性格」だけでなく、「後天的に育てられるスキル」に投資することで、人生の軌道を大きく変えられる可能性があるのです。
おわりに:コーチとしての使命
非認知能力・社会情動スキルに基づくコーチングは、単なる流行ではありません。それは、人間の可能性を最大限に引き出す、科学的根拠のあるアプローチです。
クライアントが持って生まれた特性を尊重しながら、スキルという「育てられる部分」に光を当てることで、私たちコーチは真の変容を支援できます。一人ひとりの成長が、より良い社会の創造につながると信じて、この実践を続けていきましょう。
参考文献
本記事は以下の主要研究に基づいています:
- Soto et al. (2021, 2022): BESSI(統合的社会情動スキル測定)の開発と検証
- Ringwald et al. (2025): 特性とスキルのミスマッチ研究
- Abrahams et al. (2019): 国際的社会情動スキル評価の進展
- OECD SSES: 大規模国際調査における非認知能力測定
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。








