文化適応のコーチング ナラティブ・アダプティブ・コーチング

日本文化に根差したコーチングの探求:欧米モデルとの対話から生まれる新たな可能性

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導入

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「資格を取ったのに、現場でうまくいかない」 「クライアントが戸惑っている気がする」

そんな声を、プロコーチの方々から聞くことが増えています。2026年現在、コーチング業界では、グローバルスタンダードとされる欧米型のコンピテンシー(能力基準)が、日本の文化的土壌では必ずしも機能しないという認識が、ようやく共通理解として広がりつつあります。

本記事では、なぜ欧米型コーチングが日本で違和感を生むのか、その構造的な理由を3つの視点から解説し、2026年現在進行形で起きている「文化適合型コーチング」の動向をご紹介します。

グローバルスタンダードとして広く受け入れられているコーチング手法の多くは、欧米の「個人主義」「合理主義」「低文脈」な文化をその基盤として設計されています。しかし、これらの手法が日本の「集団主義」「情緒・行間重視」「高文脈」な文化的土壌に持ち込まれた際、現場では数々の違和感や機能不全が生じているのが実情です。本稿では、この文化的な乖離がなぜ起こるのかを分析し、その課題に応答する形で日本独自の文脈に適応しようとする新しいコーチングアプローチの動向を探ります。これは単なる技法論ではなく、日本におけるコーチングの有効性と未来そのものを左右する、極めて重要な課題なのです。

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1. 文化的衝突の根源:なぜ欧米式コーチングは日本で機能しにくいのか

欧米式コーチングが日本の現場で直面するミスマッチを理解するためには、まずその根底にある文化的価値観と、日本の社会的背景との間に存在する根本的な違いを明らかにすることが不可欠です。この問題は、2026年現在も重要な議論の対象であり、両者の前提が異なるからこそ、良かれと思って実践された手法が、意図しない結果を招くという構造的な失敗を生み出しているのです。

その構造的な対立は、以下の3つの文化的基盤を比較することで明確になります。

文化的基盤 欧米の前提 日本の特性
個と集団 個人主義 (Individualism) 集団主義 (Collectivism)
個人の自律性と自己決定を最優先する 所属する集団との調和や関係性を重視する
意思決定 合理主義 (Rationalism) 情緒・行間重視 (Emotional/Implicit)
論理的で明確な目標設定と最短経路を求める 合理性だけでなく、感情や場の空気を汲み取る
コミュニケーション 低文脈 (Low-Context) 高文脈 (High-Context)
言葉で明確に全てを伝えることを重視する 言葉にされない文脈や「察する」ことを前提とする

これら3つの要素は独立しているのではなく、相互に影響し合っています。「集団」の中での「情緒」を「察する」ことが求められるため、「個人」の意思を「合理的」かつ「直接的」に問う欧米式アプローチとの間に、構造的な断絶が生まれるのです。この根本的な誤読が、具体的にどのような実践上の乖離を生むのかを次章で詳述します。

 

2. 現場で顕在化する3つの決定的ミスマッチ

前述した文化的な価値観の違いは、抽象的な概念にとどまらず、コーチングの現場において具体的な問題として顕在化します。ここでは、理論的な対立が引き起こす3つの実践的なミスマッチに焦点を当て、その構造を解き明かします。

2.1. コミュニケーションの壁:「直接的フィードバック」と「察する文化」

欧米のコーチング・コンピテンシーは、曖昧さを排し、率直かつ直接的にフィードバックすることを推奨します。これは、明確な言語表現によって相互理解を深める「低文脈」文化を背景としています。

しかし、このアプローチは日本の「高文脈」なコミュニケーション文化と致命的な衝突を起こします。日本では、相手の立場や感情を「察する」ことや、体面を保つために「顔を立てる」といった配慮が、信頼関係(ラポール)を築く上での重要な基盤となります。そのため、欧米流のストレートな問いかけやフィードバックは、時にクライアントを不必要に萎縮させ、本音を話すための心理的安全性をかえって損なうのです。これは単なるスタイルの違いではなく、信頼関係構築のプロセスにおける根本的な誤解であると言えます。

2.2. ゴール設定の重圧:「厳格な合意」と「プロセス重視の感覚」

ICF(国際コーチング連盟)などが定める国際基準では、セッションの冒頭で「コーチングの合意(目標設定)」を厳格に行うことが強く求められます。これは、測定可能で明確なゴールを設定し、そこへの最短距離を求める合理主義的な発想に基づいています。

一方で、日本のクライアントからは「何を話したいか、話しながら整理したい」というニーズが非常に多く聞かれます。彼らにとって、コーチングは結論ありきの課題解決だけでなく、対話を通じて思考や感情を整理していく「プロセス」そのものに価値があるのです。

そのため、冒頭でKPIのような明確なゴール設定を強いることは、クライアントに「窮屈さ」を感じさせ、自由な内省を妨げてしまいます。これは解決策への拙速な収束を強いるものであり、しばしば真の洞察が生まれるはずの重要な探索的フェーズを迂回させてしまうのです。

2.3. 「個」の定義の違い:「I want」と「関係性の中のWe」

海外のコーチングアプローチの多くは、「あなた自身はどうしたいのか(I want)」という問いを軸に、個人の意思や欲求を最大限に引き出すことを重視します。これは、自律した個人を社会の基本単位と捉える個人主義に基づいた、極めてパワフルなアプローチです。

しかし、日本の社会構造において、個人の意思決定は真空状態で行われるわけではありません。常に「組織の中の自分」「家族の中の自分」といった多面的な関係性(We)の中で、周囲との調和を考慮しながら行われます。コンピテンシーが「個」の意思のみにフォーカスしすぎると、クライアントが現実社会に戻った際に周囲との摩擦を生む「孤立した決断」を促してしまう危険性があるのです。その結果、セッションでは力強い決断がなされたように見えても、実社会で実行不可能な「机上の空論」に終わるケースが後を絶ちません。

これらのミスマッチに対する現場のコーチたちの問題意識が、日本独自のコーチングモデルを模索する新しい動きを生み出す原動力となっています。

日本のコーチング

3. 新たな潮流:日本独自の「文化特異的アプローチ」の台頭

そこで,エビデンス以外に重要な点は,文化適応型のコーチングの手法であり,ナラティブ・アダプテッド・コーチングといいます。

ナラティブ・アダプティブ・コーチングとは、クライエントが語っている人生の物語(ナラティブ)を可視化・再構成しながら、
変化する環境や課題に柔軟に適応できる心理的スキル・信念・行動レパートリーを育成する、
エビデンスに基づく統合的コーチング・アプローチです。

現場で起きている課題認識を背景に、単に欧米モデルを批判するのではなく、日本の文化的背景を積極的に融合させようとする建設的な動きが加速しています。「欧米流のコンピテンシーは、日本の土壌ではそのままでは育たない」というプロコーチ間の共通認識が、この変革を力強く後押ししています。現在注目されているアプローチには、以下のようなものが挙げられます。

  • 日本発のコーチング哲学の再定義
    • 説明: 「和(ハーモニー)」や「間(マ)」といった、日本文化に深く根差した概念を、対話の質を高めるための新たなコンピテンシーとして再定義し、体系化しようとする動きです。これは、単なる精神論ではなく、関係性の中での調和や、沈黙が持つ創造的な意味をコーチングスキルとして捉え直す試みです。
  • ナラティブ・アプローチの重視
    • 説明: 合理的な目標達成のみを追求するのではなく、クライアントが持つ個人的な物語(ナラティブ)や、その背景にある価値観に共感的に耳を傾ける姿勢を重視する考え方であり、日本コーチ協会などの主要団体でも活発に議論されています。これにより、クライアントは自身の経験を再解釈し、より深いレベルでの自己理解と納得感のある意思決定へと繋げることができます。
  • アダプティブ・コーチングという思想
    • 説明: これは、コンピテンシーを固定的な正解として暗記・実行するレベルから、クライアントの状況に合わせて最適な介入をデザインする「コンテクスト(文脈)的熟達」へと、コーチのスキル定義そのものを引き上げる思想である。画一的な正解を求めるのではなく、状況に応じた最適な関わり方をデザインする能力が問われます。
  • 心理的安全性を第一とするコーチング
    • 説明:日本におけるコーチングで心理的安全性とは、「恥をかかず、迷惑にもならず、批判されない」ことが,第一のプラットフォームとなります。

これらの動きが示唆しているのは、資格基準への盲信から脱却し、クライアント一人ひとりの文化的文脈を尊重する、実務的な柔軟性を重視する時代への移行です。

 

結論:文化的感受性を備えた、これからのコーチングへ

本稿では、欧米の文化を前提としたコーチングモデルが日本の文化的土壌と衝突する構造を分析し、その結果として生じる具体的なミスマッチを明らかにしました。そして、その課題に応答する形で、日本の文脈に根差した「文化特異的アプローチ」が台頭している現状を概観しました。

これからの日本におけるプロフェッショナルコーチに求められるのは、グローバルスタンダードを絶対的なものとして盲信する姿勢ではありません。むしろ、「日本の文脈において、クライアントに今、何が起きているか」を最優先し、文化的な感受性をもって標準的なスキルセットを柔軟に応用・調整していく実務的な能力です。この文化的アダプテーション能力こそが、これからのプロフェッショナルを定義し、クライアントに真の価値を提供できるコーチと、単なる資格保有者を分かつ決定的な指標となります。

コーチング心理学協会では,上記のような文化適応・アダプティブ・ナラティヴ・心理的安全性を重視したコーチングを大切にしています。

投稿者プロフィール

徳吉陽河
徳吉陽河
徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。

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