コンサルティング心理学に基づいたエグゼクティブコーチング評価の新フレームワーク:初心者のためのガイド
エグゼクティブコーチング評価の新フレームワーク:初心者のためのガイド
「EXECUTIVE COACHING: NEW FRAMEWORK FOR EVALUATION」論文の解説
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はじめに – エグゼクティブコーチングとは
エグゼクティブコーチングとは、組織のリーダーたちの能力開発と成長をサポートする専門的な支援プロセスです。企業は、リーダー育成のために多額の投資を行い、コーチングを活用しています。
重要ポイント: エグゼクティブコーチングは組織内で人気を集めていますが、その効果を測定する方法には多くの課題があります。この論文は、心理療法研究からの「同化モデル」を応用した新しい評価手法を提案しています。
エグゼクティブコーチング評価の現状と課題
組織が投資するエグゼクティブコーチングですが、その効果を客観的に評価することは簡単ではありません。現代のビジネス環境では、コーチングへの投資に対する成果を示すことが求められています。しかし、従来の評価方法では次のような課題があります。
1. 「何を」評価するかの課題
コーチングはクライアント中心のアプローチです。つまり、コーチはクライアントと協力して、コーチングの焦点を決定します。これは個々のエグゼクティブのニーズに合わせた柔軟なアプローチが可能になりますが、同時に標準化された評価を難しくします。
例:あるエグゼクティブはコミュニケーションスキルを向上させたいと考え、別のエグゼクティブは戦略的思考を磨きたいと考えています。同じプログラムでも、まったく異なる目標を持つことになります。
2. 「どのように」実施するかの課題
コーチがどのようにセッションを進めるかは、クライアントの状況や文脈によって大きく異なります。こうした柔軟性はクライアントにとって価値がありますが、介入方法の一貫性を確保することを難しくします。
例:同じ「リーダーシップスキル向上」という目標でも、クライアントの経験レベル、組織文化、現在の課題によってコーチングアプローチは変わってきます。
3. 「何で測るか」の課題
コーチングの効果を測定するための適切な指標選びも難しい課題です。一般的な評価研究では、介入前に何を測定するかを決めておくことが理想的ですが、コーチングの目標や進め方は流動的で変化するため、これが難しくなります。
例:当初は「チーム管理」に焦点を当てていたコーチングが、途中で「戦略的意思決定」へと重点が移るかもしれません。事前に設定した測定指標がこの変化を捉えられない可能性があります。
新しい評価フレームワーク:同化モデル(Assimilation Model)
この論文では、心理療法の分野で開発された「同化モデル」をエグゼクティブコーチングの評価に応用する新しいアプローチを提案しています。このモデルは、人が問題や課題をどのように経験し、対処していくかの発達段階に焦点を当てています。
同化モデルとは: クライアントが抱える問題や課題に対する認識と向き合い方が、予測可能な発達段階を通じて変化していくというモデルです。
このモデルでは、問題解決のプロセスを「同化(assimilation)」と呼び、その進展度を測定することができます。同化が進むほど、クライアントは自分の課題をより効果的に扱えるようになります。
なぜ同化モデルがエグゼクティブコーチングの評価に適しているのか?
- 個別性の尊重: 同化モデルは、クライアントごとに異なる問題や目標を評価できます
- プロセスの流動性: コーチングの進行に合わせた変化を捉えられます
- 共通の測定基準: 内容が異なる問題でも、同じ基準(同化レベル)で進捗を比較できます
- クライアント視点: クライアント自身の経験を中心に評価します
- 実証的根拠: 心理療法や組織開発の分野で広く検証されているモデルです
APES:問題経験の同化スケール
同化モデルには、クライアントの問題認識と対処レベルを評価するためのツールとして「問題経験の同化スケール(Assimilation of Problematic Experiences Scale:APES)」があります。
APESは0から7までの8段階で、問題に対するクライアントの認識や対処の発達段階を表します:
ポイント: APESでは中間値も使用可能です(例:2.5は「曖昧な意識・出現」と「問題の明確化」の中間)。このようにして、より細かな進捗を捉えることができます。
同化モデルを用いた研究:退役軍人省のケーススタディ
論文では、アメリカ合衆国退役軍人省(VA)で実施されたリーダーシップコーチングの効果測定についての実証研究が紹介されています。
研究方法
- 参加者:VAの幹部リーダーたちを3つのグループに無作為に分けました
- 条件:
- コーチング群(56名):リーダーシップ開発プログラム + 10回のコーチングセッション
- 通常訓練群(46名):リーダーシップ開発プログラム + 2回の360度フィードバックセッション
- 比較群(14名):訓練なし + 2回のコーチングセッション(360度フィードバックについて)
- 測定指標:目標達成度、組織支援認知、360度フィードバック評価、コーチング準備度
結果の概要
| 測定指標 | 結果 |
|---|---|
| 360度フィードバック (遠位指標) |
コーチング群と通常訓練群の間に有意差なし。期待方向の小さな効果量が見られた。 |
| 目標達成度 (近位指標) |
コーチング群が「リーダーシップ力強化」や「自分の強み・課題の理解向上」などで高い平均値を示した。統計的有意差はなかったが、小〜中程度の効果量。 |
| 組織支援認知 (近位指標) |
コーチング群が全項目で高い平均値を示し、一部項目で統計的有意差あり。小〜中程度の効果量。 |
重要な発見: 遠位アウトカム(360度評価など)よりも、近位アウトカム(目標達成感や組織支援認知)においてコーチングの効果がより明確に現れました。このことは、コーチングの効果を測定する際に何を測るべきかについての重要な示唆を与えています。
新フレームワーク実践のためのガイドライン
同化モデルとAPESをエグゼクティブコーチングの評価に活用するためのステップを紹介します:
1. コーチングの開始時
- クライアントが取り組みたい問題・課題を特定する
- 各問題についてのクライアントの現在の同化レベル(APES)を評価する
- クライアントが問題をどのように認識・表現しているかを記録する
2. コーチングの過程で
- 定期的に問題に対する同化レベルを再評価する
- クライアントがどのように問題を表現するかの変化に注目する
- 進展が見られた点と、まだ課題が残る点を明確にする
3. コーチング終了時
- 各問題についての最終的な同化レベルを評価する
- 開始時からの変化を可視化する(例:0→3、2→5など)
- クライアントと一緒に変化のプロセスを振り返る
実践のためのヒント
- クライアント言語の重視:クライアントが自分の課題をどのように表現するかに注目する
- 柔軟な評価タイミング:クライアントの準備状況に合わせて評価のタイミングを調整する
- 近位アウトカムの重視:遠位アウトカム(組織業績など)よりも、クライアントの認識変化など近位アウトカムを優先的に評価する
- クライアント主導の評価:クライアント自身が自分の進捗を評価する機会を設ける
- 多角的な評価:同化レベルと従来の測定法(例:360度評価)を併用して、より包括的な評価を行う
同化モデル評価の実践的メリット
柔軟性と適応性
コーチングの焦点が変わっても、同じ枠組みで評価を継続できます。
個別性の尊重
各クライアントの独自の課題と文脈を評価プロセスに組み込めます。
科学的基盤
実証研究に基づいた評価モデルを用いることで、信頼性を高めます。
比較可能性
異なる内容の課題でも同化レベルという共通尺度で比較できます。
発達視点
単なる「成功/失敗」の二分法ではなく、成長の段階を捉えられます。
プロセス重視
結果だけでなく、変化のプロセスにも光を当てることができます。
まとめ
エグゼクティブコーチングの評価は、コーチングそのものの性質(個別性、流動性、文脈依存性)によって難しい課題を抱えています。この論文では、心理療法から「同化モデル」というフレームワークを導入し、これらの課題に対する解決策を提案しています。
同化モデルとAPESを用いることで、クライアントが自分の課題をどのように認識し、向き合い、最終的に克服していくかの発達プロセスを捉えることができます。このアプローチは、コーチング内容の個別性を尊重しながらも、共通の尺度で進捗を測定できるという大きな利点があります。
エグゼクティブコーチングの実践者は、この新しいフレームワークを活用することで、従来の評価方法では捉えきれなかったコーチングの効果をより包括的に測定し、示すことができるようになるでしょう。
参考文献: Osatuke, K., Yanovsky, B., & Ramsel, D. (2017). Executive coaching: New framework for evaluation. Consulting Psychology Journal: Practice and Research, 69(3), 172-186.
※このウェブサイトは、上記論文を初心者向けに解説するために作成されたものです。詳細は原論文をご参照ください。
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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