若手社員の離職を防ぐ本質的な定着施策とは? コーチング心理学とポジティブ心理学のエビデンスに基づくアプローチ
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若手社員の離職を防ぐ本質的な定着施策
コーチング心理学とポジティブ心理学のエビデンスに基づくアプローチ
はじめに
若手社員の離職は、企業にとって大きな課題となっています。厚生労働省の調査によると、大卒社員の約3人に1人が入社から3年以内に離職しており、この傾向は近年続いています。離職には企業文化、業務内容、人間関係など様々な要因がありますが、本資料では特に「人間関係」「労働環境・条件」「業務内容」の3つの主要因に焦点を当て、コーチング心理学とポジティブ心理学の観点から、エビデンスに基づいた対策を提案します。
離職率に関する最新エビデンス
厚生労働省が2023年に発表したデータによると、令和3年3月に卒業した大卒者のうち、就職後3年以内に離職した割合は34.9%でした。これは、3人に1人以上が3年以内に会社を辞めている計算になります。(厚生労働省, 2023)

本質的な定着施策の重要性
単なる金銭的施策だけでなく、心理的側面からアプローチする「本質的な定着施策」が効果的です。
コーチング心理学・ポジティブ心理学に基づくエビデンスベースの対策を紹介します。

若手社員の早期離職がもたらす影響
若手社員の早期離職は、採用・教育コストの損失、現場の生産性低下、組織に残る社員の士気低下など、複合的な悪影響を企業にもたらします。さらに「人がすぐ辞める職場」という評判は、優秀な人材の採用を困難にし、企業の持続的成長を阻害する悪循環を生み出します。
コーチング心理学とポジティブ心理学の科学的知見に基づき、若手社員の離職要因を深く分析し、実践できる定着施策を提案します。企業の持続的成長と従業員のウェルビーイングを同時に実現するための施策として、ぜひご活用ください。
1. 若手社員の離職要因の分析
若手社員の離職には、さまざまな要因が複雑に絡み合っていますが、多くの調査研究から、主に以下の3つの要因に分類できることが明らかになっています。

1.1 人間関係の課題
多くの若手社員が離職を決断する最も重要な要因の一つとして、職場の人間関係の問題が挙げられます。特に上司や先輩との関係性、チーム内のコミュニケーションの質、心理的安全性の欠如などが離職を促進する要素として指摘されています。
人間関係と離職の関連性に関するエビデンス
リクルートマネジメントソリューションズが実施した調査によれば、入社から1年未満の離職においては、「職場の人間関係の問題」が離職理由のトップに挙げられています。特に、上司との関係性が悪かったり、相談しづらい空気感があったりと、心理的安全性が確保されていない職場では、早期離職のリスクが高まることが明らかになっています(リクルートマネジメントソリューションズ, 2023)。
Z世代(1990年代半ば〜2010年代前半に生まれた世代)の若手社員は特に、フラットな関係性を重視する傾向があります。旧来的なトップダウン型のマネジメントでは、定着が難しいケースが多く見られます。
1.2 労働環境・条件の課題
労働環境や条件も、若手社員の離職に大きく影響します。具体的には、長時間労働、有給休暇の取得しにくさ、柔軟性のない働き方、給与水準への不満などが離職を促す要因となっています。
労働環境と離職に関するエビデンス
アデコの調査によれば、入社4年目の若手社員に「退職を考えたが、勤務先に残ることを選んだ理由」を尋ねたところ、もっとも多い28.1%が「有休が取りやすいから」と回答し、「福利厚生・手当が充実しているから」「育休・産休が取りやすいから」との回答もそれぞれ20.0%・12.2%と多く、労働環境や条件が離職を防止する重要な要素となっていることが明らかになっています(アデコ株式会社, 2023)。
特に最近の若手社員は、自分のライフスタイルを大切にし、ワークライフバランスを重視する傾向が強くなっています。職場環境や労働条件に対する要求水準が高まっており、これに応えられない企業からは人材が流出しやすくなっています。
1.3 業務内容の課題
業務内容のミスマッチや成長実感の欠如も、離職の重要な要因です。自分の期待していた仕事と実際の業務内容の乖離、スキルアップの機会不足、キャリアパスの不明確さなどが、若手社員の離職意向を高める要素として指摘されています。
業務内容と離職に関するエビデンス
内閣府の調査によると、仕事内容のミスマッチが原因で離職する人は、離職者の約半数にのぼることが報告されています。また、リクルートマネジメントソリューションズの調査でも、「成長できる見通しが持てない」「仕事にやりがい・意義を感じない」といった理由が離職の主要因として挙げられています(内閣府, 2022; リクルートマネジメントソリューションズ, 2023)。
特に意欲の高い若手社員ほど、自身の成長や将来のキャリアに対する意識が強く、現在の仕事を通じて成長できるかどうかが離職の判断材料となっています。
課題の本質
- 期待と現実のミスマッチ
内閣府調査:ミスマッチが原因の離職は全体の約半数 - 成長実感・キャリア展望の欠如
「この仕事で成長できるか」が重要な判断基準 - 仕事の意義・やりがいを感じられない
社会的意義や自己実現との結びつきが見えない
適職感が定着に与える影響
リクルートマネジメントソリューションズの調査によると
若手の離職理由として「成長できる見通しが持てない」
「仕事にやりがい・意義を感じない」が上位。
反対に、「希望する仕事ができるから」残る社員は12.6%。
出典:リクルートマネジメントソリューションズ「新人・若手が早期退職する理由とは?」調査(2023)
2. コーチング心理学とポジティブ心理学の基本概念
当協会に関連する講座は、主にエンゲージメントコーチング講座やコーチング心理学基礎講座、フィードバックスキル講座


若手社員の定着施策を考える前に、本資料で重視するコーチング心理学とポジティブ心理学の基本的な概念を理解しておくことが重要です。
2.1 コーチング心理学とは
コーチング心理学は、心理学の知見を活用して個人の成長や目標達成をサポートする学問です。従来のコーチングに科学的な裏付けを与え、より効果的な介入方法を開発することを目指しています。
「コーチング心理学は、行動心理学、認知心理学、人間性心理学などの科学的知見を基に、個人や組織の最適なパフォーマンスや幸福感、目標達成を促進することを目的とした心理学の応用分野」(Palmer & Whybrow, 2007)
コーチング心理学の特徴は、科学的エビデンスに基づいたアプローチと、クライアント(コーチングを受ける人)の自発性や自律性を尊重する姿勢にあります。問題解決だけでなく、潜在能力の開発や自己実現にも焦点を当てています。
2.2 ポジティブ心理学とは
ポジティブ心理学は、人間の強みや美徳、幸福感、充実感などのポジティブな側面に焦点を当てる心理学の一分野です。従来の心理学が精神疾患や問題行動の解決に力を注いできたのに対し、ポジティブ心理学は人間の成長や繁栄の促進を目指しています。
「ポジティブ心理学は、個人や集団が繁栄し、最適に機能するための条件や過程を科学的に研究する分野」(Seligman & Csikszentmihalyi, 2000)
ポジティブ心理学の主要概念には、心理的ウェルビーイング、フロー(没入体験)、レジリエンス(逆境からの回復力)、強みの活用、意味づけなどがあります。これらの概念は、若手社員の職場適応や定着を促進する上で有効です。
2.3 両アプローチの若手社員定着への効果
コーチング心理学とポジティブ心理学を組み合わせることで、若手社員の定着に関する課題に対して、より包括的かつ効果的なアプローチが可能になります。
コーチングとポジティブ心理学の効果に関するエビデンス
Frontiers in Psychologyに掲載された研究では、ポジティブ心理学コーチングが組織にもたらす効果として「人材定着(talent retention)、従業員エンゲージメント、顧客満足度、財務成長など」が挙げられています。特に「この新しい人材開発手法は、個人(パフォーマンス向上、自己効力感、人生満足度、自信など)だけでなく、組織にもさまざまなポジティブな効果をもたらすことが研究で示されています」(Van Zyl et al., 2020)。
Carr et al.(2020)のメタ分析によれば、ポジティブ心理学的介入は「中程度」(medium)の効果量があり、特に職場においては従業員の心理的ウェルビーイングやパフォーマンスの向上に寄与することが明らかになっています。
3. 人間関係の課題に対する対策
3.1 信頼関係構築のためのコーチング的アプローチ

職場での人間関係の改善は、若手社員の定着において最も重要な要素の一つです。コーチング心理学では、上司と部下の信頼関係を構築するために、「傾聴」「質問」「承認」の3つのスキルを重視します。
実践法:積極的傾聴と承認のスキル
- 積極的傾聴:若手社員の話を遮らずに聴き、相手の言葉や感情を受け止める。非言語コミュニケーション(うなずき、アイコンタクトなど)も重要。
- 開かれた質問:「はい/いいえ」で答えられない質問を心がけ、若手社員自身が考えを深められるような質問(「どのように感じましたか?」「どんな選択肢があると思いますか?」など)を使う。
- 承認のフィードバック:成果だけでなく、プロセスや努力も積極的に認める。具体的な行動を指摘し、その影響や価値を伝える。
積極的傾聴と信頼関係に関するエビデンス
Grant & O’Connor(2010)の研究では、コーチングにおける積極的傾聴と開かれた質問が、被験者の洞察力、責任感、意欲を有意に高めることが示されています。また、マンガーらの研究(2017)では、上司の傾聴行動が部下の心理的安全性と職務満足度を高め、離職意図を下げることが実証されています。
3.2 心理的安全性を高めるポジティブ組織文化の構築
ポジティブ心理学の観点から、職場における心理的安全性(自分の意見や提案、失敗を恐れずに表明できる環境)は、若手社員の定着に大きく影響します。
実践法:心理的安全性を高める施策
- 失敗を学びの機会として捉える文化づくり:失敗をネガティブに評価するのではなく、成長の機会として捉え、「何を学んだか」を共有する場を設ける。
- 1on1ミーティングの定期開催:上司と部下が定期的に1対1で対話する機会を設け、業務上の課題だけでなく、キャリアや成長についても話し合う。
- 多様な意見を尊重する会議の進行:発言の少ない若手社員にも意見を求め、アイデアを批判せずに受け止める姿勢を示す。
心理的安全性と離職に関するエビデンス
Edmondson & Lei(2014)のレビュー研究では、心理的安全性が高いチームでは、メンバーの離職意図が低く、エンゲージメントが高いことが示されています。また、Googleの「Project Aristotle」でも、高いパフォーマンスを発揮するチームの最も重要な特徴として心理的安全性が特定されています(Rozovsky, 2015)。
3.3 強みに基づくチーム構築
ポジティブ心理学では、個人の強みや長所に焦点を当て、それを活かす環境づくりを重視します。若手社員それぞれの強みを認識し、それを活かせる場を提供することで、職場への適応と定着を促進できます。
実践法:強みに基づくチーム構築のステップ
- 強み発見ワークショップの実施:VIA性格強み調査などのツールを活用し、若手社員が自分の強みを客観的に把握できる機会を提供する。
- 強みを活かした役割分担:チーム内でそれぞれの強みを共有し、それを活かせる業務や役割を割り当てる。
- 強みフィードバックの実施:日常的に強みの発揮場面を観察し、具体的なフィードバックを通じて強化する。
強みアプローチとエンゲージメントに関するエビデンス
Harzer & Ruch(2013)の研究では、職場で自分の強みを活用できる機会が多いほど、従業員の職務満足度、仕事への意欲、組織コミットメントが高まることが示されています。また、Gallupの調査(2015)では、日常的に強みを活かしている従業員は、そうでない従業員に比べて離職確率が15%低いことが報告されています。
4. 労働環境・条件の課題に対する対策
4.1 自律性を支援する職場環境の構築

コーチング心理学とポジティブ心理学の両方で重視されている「自律性」の概念は、若手社員の職場定着に大きく影響します。労働環境において社員の自律性を高めることで、内発的動機づけとエンゲージメントを向上させることができます。
実践法:自律性支援の具体的施策
- 裁量権の段階的拡大:若手社員に対して、経験に応じて徐々に権限と責任の範囲を広げていく。
- フレックスタイム制やリモートワークの柔軟な運用:業務の性質に応じて、勤務時間や場所の選択権を与える。
- 目標設定への参画:業績目標や評価基準の設定に若手社員自身が参加する機会を設ける。
自律性と職場定着に関するエビデンス
自己決定理論(Self-Determination Theory)の研究では、職場での自律性の支援が従業員の内発的動機づけを高め、結果として職場定着率を向上させることが示されています。Manganelli et al.(2018)の研究によれば、「自律的動機づけを高めることで、職場の生産性向上や従業員定着率の向上が実証されている」とされています。
4.2 ジョブ・クラフティングの促進
ジョブ・クラフティング(仕事の再設計)は、従業員が自ら仕事の範囲や方法を調整し、自分に合った形に作り変えていくプロセスです。このアプローチは、若手社員が自分の強みや関心に合わせて仕事を調整することを可能にします。
実践法:ジョブ・クラフティングの導入ステップ
- ジョブ・クラフティングの概念と方法の教育:若手社員に仕事の再設計の概念と実践方法を説明するセミナーやワークショップを開催する。
- タスク・クラフティングの奨励:与えられた業務の中で、自分の強みを活かせる部分に時間を多く割いたり、新たなスキルを習得できる挑戦的な要素を追加したりすることを奨励する。
- リレーショナル・クラフティングの支援:仕事上の人間関係を自ら調整し、協力関係を構築することを支援する。
- コグニティブ・クラフティングの促進:仕事の意義や目的を自分なりに再定義し、より大きな文脈の中での自分の貢献を認識できるよう促す。
ジョブ・クラフティングの効果に関するエビデンス
Tims et al.(2013)の研究では、「ジョブ・クラフティングの介入が従業員の職務満足度とエンゲージメントを高め、バーンアウトを減少させる効果がある」ことが示されています。また、ジョブ・クラフティング介入を実施したグループでは、職場定着意向が有意に向上することも報告されています(Van Wingerden et al., 2017)。
4.3 福利厚生の個別最適化
若手社員の多様なニーズに応える福利厚生制度の構築も、離職防止に有効です。特に、ポジティブ心理学の観点からは、社員のウェルビーイングを多角的に支援する制度が重要です。
実践法:効果的な福利厚生制度の設計
- カフェテリアプランの導入:社員が自分のニーズに合わせて福利厚生メニューを選択できるシステムの導入。
- 健康増進プログラム:メンタルヘルスケアや運動促進など、身体的・心理的ウェルビーイングを支援するプログラムの提供。
- 育成支援制度:資格取得支援や外部研修参加費用補助など、若手社員の成長意欲を満たす支援制度の充実。
- 食事補助などの生活支援:日々の生活に直結し、若手社員が実感しやすい福利厚生(食事補助、住宅手当など)の充実。
福利厚生と離職防止に関するエビデンス
アデコの調査(2023)によれば、「福利厚生・手当が充実している」ことが退職を思い留まる理由として20.0%の回答者に選ばれており、特に有給休暇の取得しやすさは28.1%と最も高い割合を示しています。また、MetaMentor(2024)の報告では、「食事補助などの生活に直結する福利厚生は、特に給与が比較的低い若手社員にとって実質的な手取り増加につながり、離職防止に有効」とされています。
5. 業務内容の課題に対する対策
5.1 意味づけ(Job Crafting)の支援

若手社員が業務に対して意味や目的を見出せるかどうかは、職場定着に大きく影響します。ポジティブ心理学では、仕事への意味づけ(meaning-making)を重視し、自分の仕事が組織や社会にどのように貢献しているかを理解することが重要だとされています。
実践法:意味づけを支援する活動
- ビジョンと個人の貢献のつながりの明確化:組織の目標やミッションと個々の社員の業務がどうつながっているかを定期的に共有する。
- 顧客や受益者との接点創出:若手社員が自分の仕事の成果を享受する顧客や同僚と直接交流できる機会を設ける。
- リフレクション(内省)の機会提供:定期的に自分の仕事の意義や成長を振り返る時間を設け、上司やメンターと共有する場を作る。
仕事の意味づけと定着に関するエビデンス
Steger et al.(2012)の研究では、仕事に意味を見出している従業員は、職務満足度、組織コミットメント、内発的動機づけが高く、離職意向が低いことが示されています。また、Rosso et al.(2010)のレビュー研究でも、仕事の意味づけが従業員のウェルビーイングと組織への帰属意識を高めることが確認されています。
5.2 成長マインドセットの育成
コーチング心理学では、「成長マインドセット」(能力は努力によって向上するという信念)の育成が重要視されています。若手社員が挑戦や失敗を成長の機会と捉えられるよう支援することで、困難な業務にも前向きに取り組む姿勢を育むことができます。
実践法:成長マインドセットを育成する方法
- プロセスを重視したフィードバック:結果だけでなく、努力や取り組み方を評価し、具体的にフィードバックする。
- 「まだ」という言葉の活用:「できない」ではなく「まだできない」という表現を使い、成長の可能性を示唆する。
- 挑戦を奨励する文化づくり:適度な挑戦を奨励し、失敗から学ぶ姿勢を評価する環境を整える。
- 成長の可視化:成長の軌跡を記録し、定期的に振り返ることで進歩を実感できる仕組みを作る。
成長マインドセットと職場適応に関するエビデンス
Dweck(2006)の研究に基づき、Caniëls et al.(2018)は、成長マインドセットを持つ従業員は、困難な状況でもパフォーマンスを維持し、フィードバックを前向きに受け止め、より高い職務満足度を示すことを明らかにしています。また、Van Zyl et al.(2020)は、ポジティブ心理学コーチングの基本原則として、「クライアントには成長と発展のための固有の能力がある」という考えが重要であることを強調しています。
5.3 キャリア開発支援とコーチング
若手社員が明確なキャリアパスを描け、成長実感を得られることは、定着率向上に直結します。コーチング心理学の手法を活用したキャリア開発支援は、若手社員の長期的な視点でのエンゲージメントを高める効果があります。
実践法:効果的なキャリア開発支援の実施
- 個別キャリアプランの作成支援:上司やキャリアコーチとの対話を通じて、中長期的なキャリアビジョンと具体的な成長計画を策定する。
- メンタリングプログラムの導入:先輩社員との1対1のメンタリング関係を構築し、経験に基づいた助言と支援を受けられる仕組みを作る。
- スキルマップの活用:必要なスキルと現状のギャップを可視化し、計画的な育成を支援する。
- キャリア面談の定期実施:年に複数回、キャリアの進捗や方向性について話し合う機会を設ける。
キャリア開発支援の効果に関するエビデンス
Theeboom et al.(2014)のメタ分析では、キャリアコーチングが従業員のパフォーマンス、スキル、ウェルビーイング、対処能力、目標達成に中程度から大きな効果をもたらすことが示されています。また、Green et al.(2006)の研究では、コーチングを通じたキャリア支援が、目標設定スキルの向上、職場での自己効力感の増大、レジリエンスの強化につながることが実証されています。
さらに、Ciarrochi et al.(2022)は、「ポジティブ心理学介入が若手社員のキャリア開発とスキル向上を支援し、ひいては定着率向上につながる」と述べています。この研究では、個々の社員に最適なプロセスを特定し、個別化されたコーチングを提供することの重要性が強調されています(”Start with the person, not the protocol”)。
6. 実践のためのアクションプラン
ここまで紹介した理論や研究結果を実践に移すために、段階的なアプローチが有効です。以下に、3か月、6か月、1年のタイムフレームで実施できるアクションプランを提案します。

6.1 短期(3か月)のアクション
- 現状診断の実施:若手社員の満足度調査や離職理由の分析を行い、自社の課題を明確にする。
- 1on1ミーティングの開始:上司と若手社員の定期的な対話の場を設定し、コーチング的なコミュニケーションを促進する。
- コーチングスキル研修の実施:管理職向けに傾聴、質問、承認のスキルを学ぶ研修を開催する。
- 成功事例の収集と共有:社内で若手社員の定着に成功しているチームや上司の取り組みを収集し、共有する。
6.2 中期(6か月)のアクション
- 強み発見ワークショップの実施:若手社員が自分の強みを発見し、活用する方法を学ぶ機会を提供する。
- メンタリングプログラムの導入:若手社員と先輩社員をマッチングし、定期的な対話の機会を設ける。
- キャリア開発支援体制の整備:個別キャリアプランの作成支援や成長機会の提供を体系化する。
- 自律性支援施策の実施:フレックスタイムやリモートワークの柔軟化など、働き方の自律性を高める施策を導入する。
6.3 長期(1年)のアクション
- 組織文化の変革:心理的安全性や成長マインドセットを重視する文化を全社的に浸透させる。
- 評価制度の見直し:プロセスや成長を重視した評価制度に改定し、若手社員の成長意欲を促進する。
- 福利厚生制度の個別最適化:若手社員のニーズに合わせた選択型福利厚生制度を導入する。
- 内部コーチの育成:社内でコーチングを担当できる人材を育成し、持続的な支援体制を構築する。
6.4 効果測定の方法
施策の効果を定期的に測定し、必要に応じて改善することが重要です。以下に、効果測定の指標と方法を提案します。
| 測定指標 | 測定方法 | 頻度 |
|---|---|---|
| 若手社員の定着率 | 入社後1年、2年、3年の定着率を追跡 | 半年ごと |
| エンゲージメントスコア | エンゲージメント調査(満足度、推奨度など) | 四半期ごと |
| 心理的安全性 | チームの心理的安全性を測定する質問紙調査 | 半年ごと |
| 成長実感 | 若手社員の成長感や学びに関するアンケート | 半年ごと |
| 1on1の実施状況 | 1on1の実施回数と質に関する調査 | 四半期ごと |
7. まとめ
若手社員の離職防止は、単に待遇や制度の改善だけでは解決できない複合的な課題です。コーチング心理学とポジティブ心理学の知見を活用することで、「人間関係」「労働環境・条件」「業務内容」という3つの主要な離職要因に対して、科学的エビデンスに基づいた効果的なアプローチが可能になります。

- 信頼と心理的安全性に基づく人間関係の構築:
積極的傾聴、承認、心理的安全性の確保を通じて、若手社員が安心して働ける環境を整える。 - 自律性と個別最適化を重視した労働環境の整備:
ジョブ・クラフティングや柔軟な働き方の導入により、若手社員の自律性とエンゲージメントを高める。 - 意味づけと成長支援を中心とした業務設計:
仕事の意義の明確化、成長マインドセットの育成、キャリア開発支援を通じて、若手社員の成長実感とモチベーションを維持する。
これらの施策を体系的かつ継続的に実施することで、若手社員の「本質的な定着」を実現することができます。重要なのは、表面的な対処ではなく、若手社員一人ひとりの内発的動機づけや強みを引き出す環境を整え、組織と個人が共に成長していくサイクルを作ることです。
コーチング心理学とポジティブ心理学に基づくアプローチは、若手社員の定着だけでなく、組織全体のウェルビーイングと生産性の向上にも寄与します。今後の人材マネジメントにおいて、これらの科学的知見を積極的に取り入れ、実践していくことが求められています。
参考文献
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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