組織文化とコーチング心理学の統合
組織文化とコーチング心理学の統合
効果的な組織変革のための新しいアプローチ
このサイトは、エドガー・H・シャインの組織文化理論と現代のコーチング心理学を統合し、より効果的な組織変革と人材開発のアプローチを紹介します。理論的基盤と実践的なツールを組み合わせることで、リーダーやコンサルタントが組織の深層に根ざした変化を促進できるよう支援します。シャインが提唱する「謙虚なリーダーシップ」と「謙虚な問いかけ」の概念を中心に、コーチングの原則を組み合わせた革新的なフレームワークを探求します。
コンテンツ一覧
シャインの組織文化理論
組織文化の定義
「ある特定のグループが外部適応と内部統合の問題に対処する中で学習した、共有された基本的前提のパターン」
エドガー・シャインは、組織文化研究の第一人者として知られています。彼の理論によれば、文化は表面上の現象ではなく、組織の深層にある共有された前提や信念のパターンです。これらは時間とともに発展し、新しいメンバーに伝えられていきます。
第5版(2017年、ピーター・シャインとの共著)では、マクロ文化、サブカルチャー、ミクロ文化の相互作用や、文化のDNAという概念も導入されています。
組織文化の3つのレベル
シャインのモデルでは、組織文化は3つの異なるレベルで理解することができます:
レベル1:人工物(Artifacts)
定義:目に見える組織構造やプロセス
例:オフィスのレイアウト、服装規定、社内儀式、ロゴ、公式文書
特徴:観察は容易だが、解釈が難しい
コーチングとの関連:組織の表面的な観察から始め、その背後にある意味を探求するための質問を設計
レベル2:信奉された価値観(Espoused Values)
定義:組織の戦略、目標、哲学
例:ミッション・ステートメント、倫理規範、公式の価値観
特徴:意識的レベルで認識され、公式に表明されている
コーチングとの関連:公式の価値と実際の行動のギャップを特定し、一貫性を高めるための対話を促進
レベル3:基本的前提(Basic Underlying Assumptions)
定義:無意識に当然視される信念、知覚、思考、感情
例:人間性に関する基本的な見解、時間・空間・真実の本質についての前提
特徴:深く根付いており、挑戦や変更が最も困難
コーチングとの関連:「謙虚な問いかけ」を通じて、無意識の前提を表面化し、新しい視点を探求する機会を提供
文化の埋め込みメカニズム
シャインは、リーダーが組織文化を創造・強化・変革するために使用する主要な「埋め込みメカニズム」を特定しています:
一次的埋め込みメカニズム
- リーダーが注目し、測定し、コントロールするもの
- 危機的出来事への反応と対処法
- 資源の配分方法
- 意図的な役割モデリング、指導、コーチング
- 報酬と地位の配分基準
- 採用、選抜、昇進の基準
二次的強化メカニズム
- 組織のデザインと構造
- システムと手順
- 物理的空間、建物、ファサード
- 出来事や人物に関する物語、伝説、神話
- 組織哲学、信条、憲章に関する公式の表明
第5版の新たな概念
マクロ文化とミクロ文化の相互作用
組織は様々なマクロ文化(国家文化、職業文化など)の影響を受け、同時に内部にも複数のサブカルチャーを持っています。これらの相互作用を理解することが、効果的な文化管理の鍵です。
文化のDNA
組織の最も根本的で変更が困難な要素であり、その組織の本質的なアイデンティティを形成するものです。既存の文化のDNAを理解することは、変革への第一歩となります。
謙虚なリーダーシップと謙虚な問いかけ
従来の階層的権力に依存せず、信頼、開放性、協働から生まれる関係的な力に基づくリーダーシップの形態です。「謙虚な問いかけ」は、指示するのではなく質問する技術であり、心理的安全性と信頼関係の構築に不可欠です。
コーチング心理学の基礎
コーチング心理学とは
コーチング心理学は、心理学の原理と研究をコーチングの実践に応用する学問分野です。個人やチームの潜在能力を引き出し、目標達成と成長を促進するためのエビデンスに基づくアプローチを提供します。
組織コンテキストでは、コーチング心理学は個人の発展と組織の成功を結びつけ、持続可能な変化を促進する強力なツールとなります。
コーチング心理学の基本原則
1. クライアント中心のアプローチ
クライアントの視点、価値観、目標を中心に据えます。コーチは答えを提供するのではなく、クライアント自身が解決策を見つけるプロセスを支援します。
2. 協働的関係性
コーチとクライアントは、平等で協働的な関係を構築します。信頼、尊重、透明性が基盤となります。
3. 目標志向と解決志向
問題の原因よりも解決策と目標に焦点を当て、小さな成功を積み重ねることで変化を促進します。
4. 強みベースのアプローチ
弱点の修正よりも、個人やチームの強みを特定し活用することに重点を置きます。
5. システム思考
個人を取り巻く環境や関係性のシステム全体を考慮し、持続可能な変化を促進します。
6. 内省と自己認識の促進
質問や振り返りを通じて、自己認識とメタ認知(自分の思考プロセスへの気づき)を高めます。
コーチングの主要なアプローチ
| アプローチ | 特徴 | 組織文化への応用 |
|---|---|---|
| 解決志向コーチング | 問題ではなく解決策に焦点を当て、小さな例外や成功を拡大する | 望ましい文化の例外的事例を見つけて拡大する |
| 認知行動コーチング | 思考パターン、感情、行動の関連性に焦点を当てる | 組織の信念体系と行動パターンの関係を明らかにする |
| ポジティブ心理学コーチング | 強み、レジリエンス、繁栄に焦点を当てる | 組織の強みを活かした文化変革を促進する |
| システミックコーチング | 個人を取り巻くシステム全体を考慮する | 組織文化をより広いシステムの一部として理解する |
| ナラティブコーチング | 物語を通じて意味を構築し、新しい視点を探る | 組織の物語を再構築し、新しい文化的ナラティブを創造する |
シャインの理論とコーチング心理学の統合
統合の基本原理
シャインの組織文化理論とコーチング心理学は、多くの点で相互に補完し合います。両者を統合することで、組織文化の深層理解と効果的な変革プロセスを促進する強力なアプローチが生まれます。
特に、シャインの「謙虚な問いかけ」の概念は、コーチング心理学の質問技術と強く共鳴しています。また、両者とも組織やシステムのより深い理解を重視しています。
主要な統合ポイント
1. 文化の診断と自己認識
シャイン: 3レベルのモデルによる文化分析
コーチング: 質問と内省を通じた自己認識の促進
統合: コーチングの質問技術を活用して、組織メンバーが自らの文化的前提に気づくプロセスを促進
2. 変化への不安と心理的安全性
シャイン: 変化への不安と学習への不安のバランス
コーチング: 心理的安全性と信頼関係の構築
統合: 心理的安全性を確保しながら、文化変革に伴う不安を効果的に管理するアプローチの開発
3. 謙虚な問いかけとコーチング対話
シャイン: 謙虚な問いかけ(Humble Inquiry)
コーチング: 有力な質問技術と積極的傾聴
統合: 謙虚な問いかけの原則をコーチングの対話構造に取り入れ、より深い文化的理解を促進
4. システム思考の活用
シャイン: マクロ文化、サブカルチャー、ミクロ文化の相互作用
コーチング: システミックコーチングのアプローチ
統合: 組織をシステムとして捉え、様々なレベルの文化的影響を考慮したコーチング介入の設計
5. コラボレーティブなアプローチ
シャイン: 協働的な文化調査と変革プロセス
コーチング: クライアントとの協働的関係性
統合: 組織メンバーを文化変革の共同創造者として位置づけ、主体性と当事者意識を高める
謙虚なリーダーシップとコーチング型リーダーシップ
シャインの「謙虚なリーダーシップ」とコーチング型リーダーシップには多くの共通点があります。両者は、以下の要素を重視しています:
- 心理的安全性の確保:メンバーが安心して意見や懸念を表明できる環境づくり
- 質問と傾聴:指示よりも質問と積極的傾聴を重視
- 関係性の重視:階層的権力ではなく、信頼と相互尊重に基づく関係性の構築
- 学習と成長の促進:メンバーの発展と自律性を支援
- 自己認識の深化:リーダー自身の自己理解と継続的な成長
実践ツールと介入手法
文化評価ツール
1. 文化レベル診断フレームワーク
シャインの3レベルモデルに基づき、組織文化を体系的に評価するツール。
| 文化レベル | 評価方法 | コーチング質問例 |
|---|---|---|
| 人工物 | 観察、文書分析、チェックリスト | 「この組織の物理的環境から何を感じますか?」 「公式な儀式や習慣にはどのようなものがありますか?」 |
| 信奉された価値観 | インタビュー、アンケート、ドキュメント分析 | 「組織が大事にしていると言っている価値は何ですか?」 「その価値観は実際の行動にどう反映されていますか?」 |
| 基本的前提 | ワークショップ、グループ討論、ケース分析 | 「なぜその方法が唯一の選択肢と考えられていますか?」 「当然と思われていることで、疑問を持ったことはありますか?」 |
2. 文化的矛盾マッピング
信奉された価値観と実際の行動のギャップを特定し、可視化するツール。
コーチング介入手法
1. 謙虚な問いかけ文化ワークショップ
シャインの「謙虚な問いかけ」の原則をチーム全体に導入するワークショップ。
含まれる要素:
- 心理的安全性の構築
- 効果的な質問技術の練習
- 積極的傾聴のスキルトレーニング
- 実際のビジネス課題への適用
2. 文化アンカーコーチング
シャインのキャリアアンカー理論を応用し、個人の価値観と組織文化の整合性を探るコーチングプロセス。
プロセス:
- 個人の価値観と優先事項の特定
- 組織文化との整合性評価
- ギャップを埋めるための戦略開発
- アクションプランの作成と実行
3. 埋め込みメカニズムリーダーシップコーチング
シャインの埋め込みメカニズム理論に基づき、リーダーが文化変革を効果的に推進するためのコーチング。
焦点領域:
- 一次的埋め込みメカニズムの一貫した活用
- リーダー自身の行動と文化的メッセージの一致
- 変革への抵抗の効果的な管理
- 文化変革の進捗評価と調整
4. システム思考文化コーチング
マクロ文化、サブカルチャー、ミクロ文化の相互作用を考慮したシステミックアプローチ。
アプローチ:
- 組織を取り巻く多層的な文化的影響の特定
- サブカルチャー間の相互作用と力学の探求
- システム全体を考慮した介入設計
- 持続可能な変化のためのエコシステム構築
実践ステップガイド
文化変革のための統合的コーチングプロセス(10ステップ)
- 変革の必要性を明確に定義する
コーチング質問:「この文化変革が必要な理由は何ですか?具体的にどのような成果を期待していますか?」
- 現在の文化状態を評価する
3レベルモデルに基づく文化診断とコーチング対話の組み合わせ
- 望ましい文化の状態を共創する
アプリシエイティブ・インクワイアリーとビジョニングセッションの実施
- 現在と望ましい状態のギャップを特定する
ギャップ分析とシステム思考を用いた根本原因の探求
- 変革への心理的安全性を確保する
謙虚な問いかけとコーチング対話を通じた安全な環境の構築
- 初期の小さな成功を計画する
実現可能なマイルストーンの設定とチーム・コーチングの実施
- 埋め込みメカニズムを活用した一貫した変革の推進
リーダーへの埋め込みメカニズムコーチングと実践支援
- 変革の進捗を測定し、フィードバックする
定期的なコーチングセッションと反省会の実施
- 変革を制度化し持続させる
新しい文化的規範を強化するシステムとプロセスの構築
- 継続的な学習と適応のサイクルを確立する
文化進化を支援する継続的なコーチング体制の整備
成功事例研究
シャインによるケーススタディ
Digital Equipment Corporation (DEC)
背景: シャインが長年コンサルタントを務めた企業で、イノベーション文化で知られていました。
文化の特徴: イノベーション重視、分権的意思決定、エンジニアリング優位の文化
課題: 市場の変化への適応困難、意思決定の非効率性
シャインのアプローチ: 文化的前提の解明、協働的問題解決プロセス
結果: 初期は成功したが、最終的に競争環境の変化に適応できず買収された
現代へのレッスン: 成功をもたらした文化的要素が、後に変化への適応を妨げる障壁となる可能性を認識することの重要性
Ciba-Geigy(現ノバルティス)
背景: 保守的で階層的な組織文化を持つグローバル製薬企業
文化の特徴: 階層的、科学研究重視、リスク回避的
変革プロセス: トップダウンとボトムアップのアプローチの組み合わせ
シャインのアプローチ: 新しいリーダーシップ行動の導入、文化評価ワークショップ、成功事例の共有
結果: 段階的かつ持続的な文化変革の実現
現代へのレッスン: 既存の文化の強みを活かしながら、新しい要素を慎重に導入することの重要性
統合アプローチの事例
事例1:テクノロジー企業の変革
課題: 急速な成長に伴う文化的一貫性の喪失と部門間のサイロ化
アプローチ:
- シャインの3レベルモデルを用いた文化診断
- リーダー層への謙虚な問いかけワークショップ
- 文化的埋め込みメカニズムの再設計
- 部門横断チームへのシステミックコーチング
結果:
- 部門間コラボレーションの30%向上
- 従業員エンゲージメントスコアの25%改善
- イノベーションプロジェクトの成功率上昇
事例2:伝統的製造業の文化革新
課題: デジタル化と市場変化に適応するための文化変革の必要性
アプローチ:
- 文化のDNAと基本的前提の特定
- リーダーシップチームへの埋め込みメカニズムコーチング
- 心理的安全性の構築と謙虚な問いかけの導入
- 階層を超えた対話の場の創出
結果:
- デジタル変革プロジェクトの成功率向上
- 意思決定プロセスの効率化(平均40%短縮)
- 離職率の低減と人材確保の改善
事例3:多国籍企業の文化統合
課題: M&A後の異なる組織文化の統合と共通のアイデンティティ構築
アプローチ:
- シャインのマクロ文化・ミクロ文化フレームワークの適用
- 統合チームへのシステミックコーチング
- 文化的違いを尊重した共通価値の策定
- 謙虚なリーダーシップの実践と埋め込み
結果:
- 統合プロセスの加速(当初計画より3ヶ月短縮)
- 主要人材の維持率向上(90%以上)
- シナジー効果の早期実現と文化的対立の減少
事例4:公共部門の変革
課題: サービス志向と効率性向上のための文化変革
アプローチ:
- 文化の3レベルに基づく現状分析
- 基本的前提の特定と再検討
- チームリーダー向けの謙虚な問いかけトレーニング
- 市民ニーズに基づく新しい文化的ナラティブの構築
結果:
- 市民満足度の15%向上
- 職員のエンゲージメントスコア改善
- プロセス改善提案件数の倍増
投稿者プロフィール

- 徳吉陽河(とくよしようが)は、コーチング心理学研究会・コーチング心理学協会の創設者の一人であり、日本・世界のおけるコーチング心理学のパイオニア。コーチング心理士、公認心理師・キャリアコンサルタント、認定心理士(心理調査)、ポジティブ心理療法士、として教育・医療・福祉・産業分野で活動する専門家。東北大学大学院博士後期課程で研究し、国際コーチング心理学会、国際ポジティブ心理学会など、世界で学び、研究を発表。教育プログラム、心理尺度開発なども専門としている。著書に『ポジティブ大全』『科学的に正しい脳を活かす「問いのコツ」 結果を出す人はどんな質問をしているのか?』『ナラティヴ・セラピー BOOK』、『コーチング心理学ガイドブック』『コーチング心理学ハンドブック』などの翻訳書などがあり、科学的なエビデンスと物語(ナラティブ)に基づくコーチングとウェルビーイング教育を推進している。累計4000名のコーチ、カウンセリング実績」(ワークショップを含む)、「累計6000回以上のセミナー実績」以上の実績がある。国土交通省 航空保安大学講師、元東北文化学園大学講師、元仙台医療センター看護学校講師、元若者サポートセンター講師など。教育機関、海外・国外の法人企業などで講師を担当実績がある。学校法人・企業法人・医療法人(リハビリ)など、主に管理職に関わる講師を数多く担当。座右の銘は、「我以外皆我師」、失敗・挫折もたくさんしており、「万事塞翁が馬」大切にしている。「自己肯定感が低いからこそ成長できる」ことを大切にしている。
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